富士一館

(左)七合目富士一館 Alt.2,800m
   2011年に建替え
(右)富士山御守は元祖室から


(左) 2017年7月
(右) 1973年7月
 

○の姿は44年の時を経て、ここ七合目富士一館に戻ってきた。殆ど変わってないって?(笑)


6/27
 
小屋開けの為に富士山に入る。まずは大家さん「八合目元祖室」で洗礼(*)を受ける。

(*)山にいる間は「禁酒」を貫くこと。
   ゔぇ~~~~~~~~~~~~~~  夜逃げしたくなる。(笑)


6/28~6/30

小屋開け。深刻な被害なし。良かった。
 


7/1   一時下山
 
北海道遠征のため、一旦下山。短い奉公だった。^^;


7/19   復帰

北海道の疲れを隠して山小屋入り。六合目でも入山料(環境保全協力金)を徴収していた。
「こしき」は元祖室と富士一館に持ってきた。


ロビン
 
富士一館のマスコット(ロボット)のロビンくん。お話し相手になってくれるだけでなく、歌ったり、踊ったりできる。電池がなくなると「僕、疲れちゃった」と座り込んじゃうけど、仕草が可愛い。


二度も登ってきてくれた

7/23と8/23の2回も富士一館に来てくれた「新潟山いこねっか」のイシザキさん。お初でした。m(_ _)m


小杖ちゃん、ちっちゃいの
 
昨今は、富士山もストックで登る人がほとんど。昔のように金剛杖は持っていない。なので日本人には焼印は売れなくなってきた。そこで、富士一館の館主(ト君)は考えた。「小杖」、「ちっちゃいの」を作って売り出したところ、大ヒット商品になった。他の山小屋もこぞって作り出している。
あ、外国の方(特に米国兵)には焼印が出ます。
イサムさん     7/25

登山家(田部井さんとガッシャブルムⅡ)、建築家(昔本業)、アスリート(マラソンからトライアスロンまで)、山岳トイレ研究家(今本業)、どうしようもない飲んべぇ、養老乃瀧保存会、画家、、数々の怪しい肩書を持つ田麦山出身のイサムさんが富士山にも現れた。「こしき」は堀之内のショウヘイさんが作ってくれたもの。富士山で大活躍中。クイズで「この名前が分かる人は焼印無料」としたが正解者はいなかったヨ。




下は、イサムさんがわずか5分で描いてくれた富士一館



何故か師匠 

館主に「師匠、大変ですね」と同情されている。何故だ?79歳(笑)
登山靴はネパールで3,000円で買ってきた。(笑)
鹿児島から通ってこられる扶桑教の先生。


絵を描きに
 
悪天候で山頂をあきらめ、鳥居荘まで絵を描きに行ってくるって。

右は「新倉浅間公園の五重塔」から見た富士山で、4月の桜満開の時期が見頃です。もちろん、イサムさんの作品。


富士一館のスタッフ
 
一番多いときで6人のスタッフで24時間営業します。明るく・楽しく・元気よくがモットーの富士一館スタッフは皆に愛されています。

右は1974年の○です。毎年富士山に遊びに来ています。


ダブルレインボー
 
富士山ではよく虹が出ます。しかもダブルレイボー(虹が2つ)です。2つ目は薄いんです。知ってました?「ダブルレインボーの色は逆転する」ですよ。赤橙黄緑青藍紫が相対します。


富士登山競走  7/28

トップランナーは2時間40分ぐらいで富士吉田市役所から富士山頂までの20km(標高差3,000m)を駆け上がる。
参戦するためには5合目コースを2時間15分で走った記録が必要。


裸足で富士登山競走

ただでさえ参加ハードルは高いのに、毎年裸足で走っているランナーがいる。びっくり仰天!しかも締め込み一丁だもん。これで富士山の岩場を駆け上る。弟子(及び子供)も練習によく現れています。


こんな岩場を
 
走るというよりも岩をよじ登る感じなのだが、皆さんよく頑張って登りますよね。精一杯の応援をします。

2000年7月  懐かしのアルバムから
 
姪っ子が子供を連れて登ってきた。八合目で疲れたようなので降ろした。未だに「おんじしゃんの甘か言葉ばかけらしたけん、富士山に登れんかったと」と言われている。が、ふたりともリベンジして完登したことはいうまでもない。2017年には下の子も嫁いでしまった。みんな家族でお幸せにね。


ハチケンさん    7/31

「山の会すかんぽ」のハチケンさん(八王子の健ちゃん)が登ってきました。
あ、○は2000年の時と同じシャツを着ています。(笑)

右の写真はとっちゃんがHDR処理してみたものです。迫力出ますね。



ゴミ拾い
 
7合目の山小屋(7軒)持ち回りで、自主的に毎日七合目の登山道をゴミ拾いします。特に、日曜日は大量のゴミが捨てられて、ゴミ袋がいっぱいに。困ったものです。


ヒマラヤ観光     8/5
 
毎年ご利用いただいていますが、ヒマラヤ観光(ヒマ観)の”まるちゃん”が添乗してきました。お互いびっくり!
「みなさん、ネパールに来てね」

昔の富士一館内部
 
1974年の富士一館です。千葉の親父さん、おばさん(元祖室の娘)の人間性に惹かれ、毎年○は山小屋に通っていました。親父さんは新しい富士一館の完成を見ずに75歳の若さで亡くなってしまいました。

囲炉裏が切ってあり、登山者は囲炉裏の周りで談笑したものです。雨で濡れたカッパや手袋は吊るして干しました。今は、無くなったら責任問題を問われますので一切お客様の荷物は触りません。

高尾山から
 
富士講の人たちですが「地球探検隊」の幟とTシャツを来て現れました。高雄から歩いてくるという意味では別の富士講の方々がいらっしゃいますけど、面白い人達でした。

MMX登山隊の向こうを張ったTシャツです。(笑)

あべちゃん    8/21
 
前触れもなく、あべちゃんから17時頃メール「馬返しにいますけど、これから行きます」。まぁ、あべちゃんのことだから馬返しから3時間半ぐらいで来るかなと待っていたら、なんと3時間を切ってやってきました。実はけしかけておいたのですが。まぁ、今回のMMX富士登山隊の中でも一番の速駆けマンでしょう。3年前の富士登山Tシャツでした。


のらさんとただしさん   8/23
 
「山の会すかんぽ」第2段でしたが、「自然と友の会」メンバーとなりました。○のことを気にかけていただいてくれました。いや、「隠れて酒を飲んでないか」チェックに来たのかも。(笑)
夜中に出発していなくなっていました。(泣)


今回の富士登山
 
○は富士一館のスタッフなので山頂まで皆と一緒に登ることはかないません。精一杯の笑顔で送り出しますね。

右は1978年、富士一館の法被を着て仲間と山頂に向かいました。良き時代でした。左端にいます。


富士一館の寝床
 
昔は敷布団、毛布、掛布団でしたが、山小屋を建て直した際にシュラフに切り替えました。個人のプライバシーが保てると好評です。スタッフも実は楽になったんですよ。(^o^)v


1978年 8月  懐かしい
 
日本テレビ系列で24時間テレビが始まり、支援としてTシャツを購入しました。その名残で現在までお揃いのTシャツにしています。メンバーは会社の独身寮の同期連中とダンス愛好会の仲間です。このメンバーでは四季折々遊びに出かけていたなぁ。左下が○です。パーマ掛けてた。あぁ、懐かし!


憎たらしかったらこれを煎じてお茶に混ぜてみたら?

色鮮やかなトリカブトは富士山にも咲いています。



反省会   9/11
 
○が山を降りるのを待って2017年富士登山反省会を行いました。来年以降の富士登山を如何にして継続させるかが焦点です。○は同行できないので新スタイルで望みます。乞うご期待!
長文にお付き合い頂きありがとうございました。
戻 る