那智の夜明け

東京より日の出が20分遅いのに東京時間で海岸に到着。^^;
ゆっくりとご来光を楽しみます。近所の人が散歩やジョギングをしています。
魚市場

早朝からやっているのはカツオの競りです。威勢のいい掛け声が飛び交うのを期待したのですが、カツオの重量を測ってカツオにペタッと貼り付けて、はい次!みたいな流れです。でも、カツオは新鮮そうで流石は那智だと思わせくれます。
那智駅

本日のスタートは駅那智です。情報は昨日うちに仕入れていますから今日は歩き出すだけです。
浜の宮王子

那智駅をスタートするとすぐに九十九王子のひとつである浜の宮王子の社跡に着きます。境内は浜の宮王子社跡として、国の史跡「熊野参詣道」の一部になっています。
浜の宮王子

浜の宮大楠は推定樹齢800年という大きな楠木です。近所の子供が無邪気に遊びまわっています。
スタンプ台を探したのですが、住職が16時に帰って翌朝8時過ぎでないと本堂が開かないというので、待つことになります。(笑)
補陀落神社

補陀洛山寺は境内が世界遺産(文化財)指定されており、補陀落渡海が行われた寺として知られています。
補陀落神社

補陀落渡海で有名な補陀落神社がここです。
補陀落渡海

補陀落渡海は、南の洋上に補陀落浄土を求め死を賭して漕ぎ出す信仰のことで、9世紀から18世紀までの間に20数回が試みられた記録が残っています。
境内には補陀落渡海に使用された渡海船(復元模型)が展示されています。
那智山まで8km

今日はたったの8kmを歩くだけです。あっという間に着いてしまいそうですね。途中、楽しく見れる場所があるといいのですが。
県道43号線

那智山に関連する表示が所々にあります。
曼荼羅のみち

ここで道迷いをして地元の方に案内してもらいます。絶対に聞かないと無理です!
曼荼羅のみちは杉林・竹林の間を歩く小道で、情緒あふれるです。やっと標識に出会えました。
尼将軍供養塔

源頼朝の妻・北条政子が、頼朝の死後に幕政の実権を握ったころから「尼将軍」と呼ばれるようになったそうです。このあたりは熊野古道本来の苔むしたいい感じの歩道になってます。
市野々王子

供養塔から峠を下ると、霊園のそばを通って再び車道に出ます。ほぼ直線で集落の中の道を歩いて行くと、右手にこんもりとした神社の森が見えます。ここが市野々王子です。青い看板もありましたが、ピンぼけになってしまいました。
トケイソウ

近所の民家に綺麗なトケイソウが咲いています。奥様にケンちゃんが声をかけたら嬉しそうに「トケイソウですよ」と教えてくれていました。そっか、知っていても聞くってのはありなんですね。
大門坂

やっとたどり着きました。今回の熊野古道の歩き納めとなる熊野那智大社への入口です。世界遺産の誇らしい石碑を従えて「大門坂」の石碑があります。記念撮影に忙しい。
大門坂

すぐに最初の鳥居が現れます。さぁ、此処から先、いくつの鳥居をくぐることになるんでしょうか。
石造鳥居

見どころはたくさんあるのですが、それぞれが小さかったり意味がよくわからなかったりでパスしてしまいます。^^;
大阪屋旅館跡

「南方熊楠」が三年間滞在したという「大阪屋旅館」の跡地。熊楠は膨大な量の学問を身に付けどんどん守備範囲を広げていった恐ろしい人ですね。生涯の中で三年間ほど、この「大阪屋旅館」に滞在して那智山の植物の調査をしていたらしいです
夫婦杉

夫婦杉の手前に日付ありの看板があります。
夫婦杉

超巨大な2本の「夫婦杉(めおとすぎ)」があります。高さが55m以上、幹周りが8m以上と大きすぎます。
「たまには仲がいい振りでもしたら?」とTomさんに注意され、ギクシャクしながらにっこり。
多富気王子

「多富気王子跡」は「熊野九十九王子、最後の一社(王子)」とか言われています。熊野にあるたくさんの「王子」を順番に参詣を行なっていく中の「最終地点」ということですね。
大門坂終点

熊野古道大門坂、杉並木の案内です。大門坂を抜けると、休憩所があります。右に行くと巡礼コースです。町に入り、那智大社への参道があります。両側に店が出てきます。那智黒を始めいろんな店が眼にとまります。
熊野那智大社

入口の大鳥居です。さすがにでかいですね。色も鮮やかですけど。
狛犬

一応撮っておきましょう。いつ役に立つかわからないので。(笑)
熊野那智大社

ま石段を登り上がると最後の鳥居が迎えてくれます。結構な高さまで登ってきました。
熊野那智大社

今回、無事に熊野古道を歩けた(全部歩いたわけではありませんが)ことに感謝してお礼参りです。
熊野那智大社

境内は結構広くて、ウロウロする時間が十分あります。
青岸渡寺

三重塔の先に那智の滝が見えています。ここで観光客相手に写真を撮って買って貰う商売の人がいましたので、私のカメラの不具合(露出のプラスマイナスランプがいつも点滅していて露出が合わない)を相談しました。いじくり回していましたが、マニュアルモードで撮ったら?」で返却。
青岸渡寺

今回はカメラの不具合が最後まで治らず、露出がめちゃくちゃです。いっその事、カメラは那智の滝に投げてしまおうか?
三重塔

那智の滝に降りていきます。途中にこのような景色があります。
那智大滝

那智の滝への入口です。大きな杉の間にある石段を降りていきます。那智の滝とは元々は那智山に48ある滝の総称です。今日はそのうちの一の滝とされる大滝が「那智の滝」として知られ、熊野那智大社の別宮である飛瀧神社のご神体になっています。
那智大滝

大滝神社のところから那智大滝が姿を表します。上流にあたる那智山一帯は滝に対する自然信仰の聖地であり、原始林が広がっています。この那智の滝はその入り口にあたり、滝そのものをご神体とした飛瀧神社は、昔から人々の信仰を集めていました。また、ここは伊勢神宮から熊野三山へ通じる古道が通っていた場所です。
那智大滝


「日本三名瀑のひとつ」「落差日本一(一段の滝としては)の迫力」と那智の滝を形容する言葉はいろいろありますが、他に数ある滝と最も違う点は、この滝が自然崇拝の象徴であり、信仰の対象となっていることでしょう。133mの高さから落ちてくる滝の飛沫を浴びるとご利益があるといわれています。

ここを岩登りの要領で登った輩がいましたが天罰が下りますぞ。
那智大滝

上段の展望台へは別途有料の料金を払って登ります。

那智の滝は、その大きさと美しさから「日本の滝100選」に選ばれている滝であり、その轟音から「日本の音風景100選」にも選定されています。また、この滝をご神体とする熊野那智大社の起源は、最初の天皇とされる神武天皇が熊野灘から那智の海岸に上陸した時に、那智の山に光り輝くのを見てこの滝をさぐりあて、神として祀ったのだそうです。はるか昔から、信仰の対象だったようです。

妙法山阿弥陀寺

那智三峯のひとつ妙法山(標高749m)の山頂近くに建つ寺です。那智大社から阿弥陀寺まで足を延ばす観光客はそれほどいません。途中の見晴台でまずはプシューをしてから参拝します。妙法山の山門に続く参道は苔むした石段で非常にいい雰囲気です。
妙法山阿弥陀寺

阿弥陀寺の山門は、南面する大鳥居門です。寺の山門が鳥居になっているのは珍しいそうです。新しい寺を山に造るとき、その山に元から鎮座している神に敬意を払い、加護を願うために昔は鳥居を建てることがあったそうだです。
妙法山阿弥陀寺

唐から蓮寂上人という僧が渡来しこの山で修行し、妙法蓮華経を写経して山頂に埋め、立っている木を彫って釈迦像を安置したそうです。経の名前をとって妙法山と呼ばれるようになったそうです。その後、空海が高野山を開く前の年に妙法山で修行し、極楽浄土への入口として山腹にお堂を建て、阿弥陀如来を本尊として祀りました。
この阿弥陀寺は、女人禁制の高野山の代わりに女性が多く参詣したので、女人高野とも呼ばれようです。

湯の峰温泉

最後は湯の峰温泉で汗を流すことにします。湯の峰温泉は熊野詣において湯垢離場として栄えた日本最古の湯です。開湯1800年。今も昔ながらの温泉情緒を残し、湯の町の風情を感じる事が出来ます。昔の人々は熊野詣の旅の途中、湯の峰で湯垢離を行い、聖地での禊ぎと旅の疲れを癒しました

公衆浴場

公衆浴場の看板が目立ちます。まずは「つぼ湯」の混雑状況を調査ですが、どうやら3組の行列です。つぼ湯は一組づつしか入れてくれませんので1時間以上は待たされることになります。(泣)
東光寺の入口には「小栗判官蘇生の地」と書かれた大きな黒い柱が立っています。
温泉卵

源泉が90度と高温なために水で冷やすのがこの温泉です。なんと贅沢な。

Tomさんが持ってきた卵を温泉卵にします。以前はあったという網がないのでタオルで卵をくるんでチョポン。13分?して卵を取り出し水で冷やします。むっちゃ美味しい温泉卵でした。\(^o^)/
人風呂浴びて散策

誰でも温泉を利用して何かを作って良いのです。中にはカボチャを入れている人がいます。

温泉汲み取り場所もあります。自宅で温泉いいですよね。
湯の峰王子

裏山にある湯の峰王子は江戸時代、三越峠から柿原宿を通り湯峰を経て熊野本宮大社に参拝する人が増え、その後、一般化したようです。元は東光寺の右側に社殿があったが、明治36年5月の火災で焼失し、後方の山の上に小祠があります。スタンプ版だけ登ります。(笑)

つぼ湯
小栗判官が浸かった温泉です。餓鬼阿弥の姿となり死の淵を彷徨う小栗判官が照手姫の助けを借り、湯の峰に達し、その湯に浸かって体を癒したという有名な「小栗判官と照手姫伝説」があります。


これで、熊野古道(中辺路編)は終了です。長文へのお付き合いありがとうございました。
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