未曾有の東北大震災(2011.3.11)は、生涯忘れることのできない大災害となった。震災直後に現地に入ったボランティアは道路さえもない荒れ果てた大地に、手弁当で駆けつけてくれた。
 半年たった今、市の社会福祉協議会がボランティアバスを出すことが広報に載ったので、急遽休暇を取得して参加する。
 日 時:2011年9月24日(土)〜9月27日(火) 車中泊1日、宿舎2泊、実質作業2日  
 行 先:岩手県陸前高田市    
 参加者:35名(募集30名、応募45名)

陸前高田市被災状況


道の駅かわさき
 
越谷から6時間かけて岩手に入る。朝5時過ぎ、気温は9度と寒い。これから冬になれば連日零下になるのだろうか。
(はじめに)
 本レポートの表現については、自分なりに十分注意を払って記載していますが、ややもすると不適切な表現があるかもしれません。
 もし、不適切な表現がありましたら修正致しますのでご連絡ください。

津波到達 (浸水域) ライン
 
ピンク色に着色された部分が津波が到達したライン。津波は気仙川を数キロ遡り、矢作地区まで達していることが解る。(出展:東日本大震災初動対応プロジェクト、以下同)

津波到達 (浸水域) ライン
 誰かが購入して持参していた本をバス内でじっくり見させていただきました。作業場所は、陸前高田市中心部からはちょっと離れたところにあります。
(出展:空から見た爪痕 気仙両市の被災状況、以下同)

高田松原消滅
 
被災前・後の比較写真を見ると、同一場所かと疑うような光景が飛び込んでくる。写真撮影の許可も出る。(出展:川の駅よこた)

鉄橋が流されている
 
気仙川河口から2キロ?ほどの場所にあるドラゴンレール大船渡線の鉄橋がめちゃめちゃに壊れている。津波のパワーはいかほどのものか、想像を絶する。

仮設陸前高田市役所
 
丘の上にプレハブが建っている。

仮設陸前高田市役所
 
いつまで仮設での業務が続くんだろうか。

空から見た爪痕(本)
 
陸前高田市と気仙沼市の被災状況を空撮した本。バスの中に置いてあったので、市役所で購入した本かもしれない。

一瞬にして消滅した高田松原
 
陸前高田市のシンボルだった高田松原、跡形もなくなった。深い悲しみに包まれてしまう。

ど根性一本松
 
高田松原は消滅してしまったが、どっこい一本だけが生き残っていた。

ど根性一本松
 
7万本の松があったのに。樹齢200年と、ユースホステルがガードしてくれたのかなと○は思う。

希望の一本松
 
ともいうらしい。こっちのほうがぴったりかな。
 でも、塩害にやられたらしく、この松がピンチ!
 最後の一本なので、なんとしても助かって欲しい。

しおさい橋と一本松
 
あまりにも見事なまでに松原が消失。唖然とする。

移動中のバスの中から
 
遠くからでも賢明に生きている姿が垣間見える。

こうなると芸術的
 
バスの中からにしてはよく撮れた。後世に残せる。

県立高田病院
 
屋上に上って一夜を明かし、難を逃れた人がいました。

市民体育館
 
天井まで津波が迫ったらしい。

キャピタルホテル1000
 
陸前高田市のシンボル的なホテルだそうだ。保存して別な形で残そうかという案もあるらしい。

キャピタルホテル1000
 
海岸に一番近いところに立っていたため、被害も大きい。

マイヤ
 
地元では最大のスーパー。8月から仮設店舗で営業再開しているとのことです。

高田松原第一・二球場
 
3月15日に落成式を予定していた。4億7千万円をかけて改装中だった。すっかり水没してしまった。

5階建住宅
 
5階建ての雇用促進住宅とのことです。

同左(5階建住宅)
 
4階まで全ての窓ガラスがなく、5階まで津波が達しています。

手前では地ならし
 
被災した建物がそのまま残っている手前では既に地ならしが始まっている。

すっぽり
 
津波が通過した場所は何も残っていないが、かなり頑丈な建物だったようです。

かろうじて
 
原型をとどめたまま静かに時が過ぎていく。

車も
 
廃車になる運命の車があちこちに集められている。

被災前の陸前高田市
 
普通の市街地です。

被災前の陸前高田市
 
一瞬にして消えた。復興を祈るばかり。

ボランティアセンター


陸前高田市 ボランティアセンター(VC)
 
気仙川河口から4km程上流の横田というところに設置してある。VCに入れないときには「川の駅よこた」で待機することもあるようだ。

ちば隊
 
初日は休日なので個人・団体が続々。結局1,200人ほどが集まってきた。ミーティング→受付→マッチング→オリエテーション後に作業現場に向かう。

受付中
 
窓口は3つ。個人(初回)、個人(二回目以降)、団体。

今日一日しっかり働くぞ!
 
久しぶりの肉体労働、果たしてどこまで活躍できるかいささか不安だな・・。

武雄市からだ
 
なんと、○の出身地佐賀県から到着。すぐにバスに駆け寄り話をする。佐賀からずっと24時間もバスに揺られて到着したとのこと。お疲れ様。

佐賀からのボランティア・さが隊
 
これからも5回に亙ってくるらしい。バスには20人で一人で二座席を使うみたい。でも移動だけで疲れるよね。そのかわりホテル泊みたい。ほっ。

鉄板入りのインソール
 
越谷には売ってなかった。VCで貸してくれた。
 

本日の作業終了
 
道具を洗って、報告する。飲み物サービスあり。

埼玉県立大学の諸君
 
越谷出身者はほとんどいないにもかかわらず、ボランティアに参加してくれた。ありがとうね。

メッセージ
 
ボランティアからのメッセージに混じって、地元の人からの感謝のメセージもあった。”絆”

おみやげ
 
Tシャツ、キーホルダー、わっぺんがおいてあった。売上金はすべてボランティア活動に使われる。

ボランティア作業(初日)


作業現場付近(Google)
 
陸前高田市・小友地区らしい

作業現場
 
2日ともほぼ同じ場所。小友中学校ベース。

作業現場付近
 時間は3.11からストップしている。

地図
 
ほとんど読み取れません。m(__)m

小友中学校
 
1階部分は完全に津波で壊滅状態。

調理室
 
天井の蛍光灯まで壊れている。悲惨な光景。

一般教室
 
めちゃくちゃに破壊されている。

教室の時計
 
3時20分を指している。津波に襲われた時刻か。

階段部分
 
かなり整理されているが、当初はすごかっただろう。
 

体育館
 
ゴールリングにはゴミが引っかかっている。

体育館
  
今はブイ置き場になっている。

では初日の作業に出発
 
すぐ近くの田んぼです。

小学校のプール
 
金網が壊れ、プールは当分使えそうもない。

初日の作業現場
 
田んぼのがれき撤去をやる

ものどもかかれぇ
 
カマを使ったことがない人は無理しないよう。

作業
 
まずは草刈り。釘の踏み抜きが一番怖い。

暑い
 
9月でこの暑さ。真夏の作業は大変んだったろう。

ずいぶん刈り取られた
 
総勢35名でかかればあっというまに作業が進む。

こんなものも出てくる
 
家電、柱、貝、写真、、、キーボードも出てきた

よく育ちました
 
雑草はさすがに塩害にも強く、スクスクと育ってくれています。ガレキの撤去作業に着手する前に草刈りで疲れます。

ガレキといっても
 
家具だけじゃない、何が出てくるかそれこそヒヤヒヤもの。

ボランティア作業(二日目)


さぁ、今日も張り切って作業するぞ
 
さすがに二日目になれば余裕があります。

2班は側溝掃除
 
今日は3班に別れて作業。力持ちは2班志願。

作業現場へ
 
打ち上げられた船。まだそのままになっている。

季節は秋に
 
船はそのままでもコスモスが秋を彩っている。

ネコ
 
九州では一輪車と言ったが、こちらではネコ。

綺麗なコスモス
 
ひまわりも強いけど、コスモスも塩害には強い。

軽トラック
 
まだナンバーがついたまま。税金の優遇はある?

こちらも軽トラック
 
運転手は無事だったのだろうな。

作業中
 
自販機が流れてきている。このくらい津波は軽々と押しやってしまうのだろう。つり銭はなかった。

入賞盾
 
持ち主に返してやりたい。ベルトが通してあるズボンを見つけたときは、さすがにドッキリしたヨ。

お話を聞く
 
休憩中に依頼者が冷たい飲み物を持って現れる。津波の話をしてくれた。「こっちからは白い波、反対側からは真っ黒い流れが押し寄せてきたよ。怖かっただね」(注.「水合」という現象が発生したことがわかっている)

お話を聞く
 
子供は高田に住んでいるけど、出かけていて無事だったけどねェ。と。
 自宅は津波にはやられなかったけど、この土地はどうしたもんかねェ。
 話を聞いていて、ついもらい泣きしてしまう。

草と言うより
 
木が混ざっている。草刈り鎌では刃がたたない。ナタ鎌持って来い。でもVCにはないんだって。

仮設住宅
 
7月にできたんだって。これでも足りないよねぇ。
 トイレは近くの介護ホームのを借りた。

作業終了
 
普段は鎌なんか持ったこともない県大の諸君も頑張りました。お疲れさん。

3班です
 
昨日まで千葉隊が作業していた後を引き継いだ。14人でしたが、出来る範囲で一生懸命にやった。

側溝隊(2班)
 
ちゃんと水が流れるようになった。スッキリ!

越谷隊作業完了
 
怪我もなく救急車を占有せずによかった。

宿泊場所


一関市大東摺沢
 
VCまで35kmぐらい離れている。
 山道具一式持参。

キャンプ大東(旧青少年交流センター)
 
シュラフ、マット、食料は自己責任。畳の部屋、シャワーが使える設備。テントでも良かったけど。

初日晩飯
 
なんせ食堂もここぐらいしかない。徒歩10分。

居酒屋「殉」
 
ビール飲んで、泡盛飲んで引き上げ。健康的。

二日目晩飯
 
ラーメン屋さんしかない。参加者の8割がここ。

安い、うまい
 
生ビール290円、三陸ラーメン570円。餃子12個で580円は安い。ラーメンは超うまかったよ。

ラーメン屋で
 
県大のグループも来ていた。

お疲れさん
 
超若い子もいる(宿舎の子)が楽しそう。

交流会
 
夕食を食べて戻ればやることない。呑んべぇが先導して車座になり始める。

交流会
 
女性も呼応して続々と集まってくる。車座の半径が広がる。

交流会
 
ビール、酒、焼酎、ウィスキーがどんどん出てくる。ソフトドリンクで参加している子も。

交流会
 
富士吉田、栗沢出身の子とお話していた。このあと、食事室に移動して1時頃までやっていた。○は9時半に寝たヨ。超健康的。

早朝ジョギング
 
4時に起きてゴソゴソ。真っ暗の中ライトを持って一時間ほどジョギング。ガスでよく見えない。

かっぱいどばし
 
車もめったに来ない。もちろん人なんか歩いていない。

黄金の恵
 
何事もなかったようにすくすくと育った稲。

八幡神社
 
見るところとか何もない。八幡神社があった。

八幡神社の看板
 
写真には撮るけど全然読んでないし。

八幡神社の文化財
 
そう言われればあったんだけど、写真は撮らず。

八幡神社の階段
 
合計で200段ぐらいあったろうか。狛犬は入口と中間にいた。

本殿
 
特段大きな神社でもないけど、地元の人にとっては大切な神社なんだろうな。参拝。

ディーゼルが
 
ちょうどディーゼルが通りかかった。向こうは摺沢駅。

摺沢駅
 
時刻表を見たら1時間に1本もあった。この路線は幸いにして動いているのだ。

輝く稲穂
 
朝日を浴びて豊作の稲が誇らしげに穂を垂れる。

土蔵
 
立派な土蔵を幾つかみた。目的は何だろう。

気仙沼市(帰路見学)


気仙沼市
 
ピンク色に着色部分が津波到達ライン
 帰路につく。陸前高田市→気仙沼市→南三陸町のルートをとりバスは走る。

 被害状況、復興の進行状況、今後の見通しを少し見てみる。

丘に上がった船
 
うわ〜、でっかい船が丘にいる。津波の脅威。

動かそうにも
 
どうやったら動かせるんでしょうね。でかいクレーンがあれば動くのだろうか。

悲惨な状況
 
手前側はずいぶん片付いているが、よく見ると向こう側はまだ手付かずの所が多い。

建物がそのまま
 
取り壊さなければいけない建物がそのままになっている所が多い。まだ着手できないのだろう。

境界がわからない
 
多くのものが陸に打ち上げられ、海だか陸だか境目さえも不明瞭だったんだろう。

照明灯
 
打ち上げられた船とコンクリート基台の照明灯。コンクリートが根元から倒されている。

フェリーでボランティアに向かう団体
 確かに島だって支援が必要だよな、って納得。

キンダイ
 
魚が上がり始め、活気が出てきた。46kgとかの表示がある。でかーい!

南三陸町(帰路見学)


津波到達ライン
 
ピンク色
 地図で見る限りは津波被害の範囲はさほではないように思われるが、鉄道の被害が甚大である。鉄道は至る所で寸断され、復旧には長期間かかることが一目でわかるような悲惨な状況だった。

建物も車も
 
まだまだこれから整理されていく

鳥居だけが残った
 神社の建物は跡形もない

橋桁が
 
鉄道が寸断されている。橋桁が見えない。

駅のホーム
 
ホームが途中から崩壊している。土手ごと消えた。

トンネルの手前
 
コンクリートの橋桁も跡形がない。
 カメラが捉えたままを掲載しました。
 2011.9.27時点での状況ですが、被災地の方々が一刻も早く普段通りの生活に戻ることができるよう祈念します。

 個人として何かできることがあれば微力ながらお手伝いをしていきたいと思います。

 負けるな! 東北
  がんばろう! ニッポン
   がんばっぺし 陸前高田



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