伊吹山(1,377m)

 朝からあいにくの雨。天気が良ければ伊吹山を下から歩こうと思っていたが、この天気では歩く元気も出ない。伊吹山ドライブウェイでものんびりとドライブしてみよう。おぉ、ドライブウェイも駐車場もガラガラ。こんな天気の日に登ってくるヤツはどうかしてるよ、くらいな感覚でしかないのだろう。ま、一応日本100名山なんで寄ってみるにはいいだろう。。
 日時:2003年4月30日(水)
 ◆山名:伊吹山(とりたてやま) 標高1,307m
 参加者:2名

山頂の散歩道

 山頂駐車場から3つのコースがある。東/中央/西の各コースだ。ちょっと考えて、西コースから登って(50分)、東コースに降りよう(60分)、そうすればあ少しは歩いた気分になるかもしれない。
 駐車場には、他には車は1台も停まっていない。売店も閉まっている。この分だと山小屋も推して知るべしだな。
最悪

 気温7度、雨という最悪のコンディション。テクテク歩けばいいのだが、どうも気分は乗らない。寒い。最小限の荷物だけで行こう。
あれれ?

 
西コースを歩いているはずなのに、30分もしない内に頂上の看板が現れる。おかしいなぁ。ここから右に別れるのかな?

 結局、ルートを間違えて中央コースを登ったようだ。すぐに山頂についてしまう。
  この季節は、花といっても誇れるモノはない。ありきたりの花ばっかりです。<(_ _)>
山頂中央部

 行き着いたら、平らな場所に出た。あら、やっぱここが山頂らしい。山小屋が何軒かあり売店、食堂、休憩所を兼ねている。まだ全ての山小屋は閉鎖されており、誰もいない。風雨を避けて小屋の陰で小休止。
伊吹山山頂  1,377m

 日本武尊が祭られている。が、まったく感動のない山頂制覇。歩行時間30分で日本100名山に登れるなんて実につまらない。花が咲き乱れていたり、天気が良くて展望が良ければ少しは違った感動があるのかも知れない。なんでこんな山が100名山なのか、その答えはどこにも見あたらない。こりゃ、再度挑戦が必要だな。
日本武尊の話(抜粋)
 今から2,000年程前、倭建命は、信濃、美濃、を通って尾張のみやず姫の許にお出かけになった後、宝刀のくさなぎの剣を姫の許にお預けになったまま、伊吹山の荒神を退治に行かれた。山のほとりで白い牛の様な大きな猪に出会った命は「この白い猪に化けたものはきっと山の荒神の使いものだろう。今殺さなくても帰るときに殺してやろう」と言われた。ところが、この猪は使いの者ではなく、山の荒神自信であった為、命の言葉を聞いて、大氷雨(雨と霧)を降らせた。さすがの命もフラフラで 下山した。ふもとの玉倉部に至り湧き出でる清水のもとで休まれたところ、少し熱が引き、正気を取り戻された。この清水をいざめ(居醒)の清水(玉倉部の清水)と云う。 (古事記)玉倉部の清水は、関ヶ原駅より北約4キロ国道365号線(北国街道)から左へはいった玉部落にあり、今でも手の切れるような清水が湧き出ている。最近、この清水をたどって錘乳洞が発掘された。伊吹山頂の日本武尊は伝説を記念して建てられた物である。
弥勒菩薩

 日本武尊像より東50メートルのところにあり、その起源は明確でない。明治4年〜5年、測候所付近に新たに弥勒仏を安置した。
伊吹山頂測候所

 昭和54年に改築されたらしい。ガスの中で異様な感じだ。

 (解説)
 大正7年4月、長浜町の下郷伝平氏・大阪毎日新聞社社長山本和彦氏の寄付を得て、伊吹山山頂の最高地に建設された。これが滋賀県立彦根測候所付属伊吹測候所と名付けられ、大正8年1月から観測が開始された。(現在は国土交通省所属)
車が1台

 さて、下山は東コースだ。悪路なので頑張って降りよう。
 ・・・・ととと、あれぇ?中央コースに合流しちゃった。
 キツネにつままれた感じで、結局往復中央コースをたどってしまった。なんというミスをしたんだろう。今だに謎の行動だった。
 駐車場に降りて来ても、やっぱり他に車は見あたらない。800台収容できる駐車場を占有している。まぁ、こんな天気に3000円も出して登ってくるアホはいないんだろうな。