大平山(栃木県)

 三毳山のカタクリが咲いていなかったので、時間が余ってしまった。桜の開花にはまだ早いが、のんびりと日だまり散歩をするには適当かもしれない。では大平山に行ってみよう! アップダウンがありむしろマラニック的なトレーニングが効果的かも。
 日時:2003年3月22日(土) 
 行先:大平山(標高419m)
 参加者:◎

大平山展望台から栃木市街
 大平山は広大な関東平野がそれこそ一望できる所である。地平線まで見えそうだ。ここから富士山や筑波山も見えるときがあるらしい。先ほど登った三毳山(みかもやま)が右手後方に見えている。謙信平からの展望は「陸の松島」と呼ばれる。それは、田園に点在する丘や林が海に浮かぶ島のように見えるからである。展望台付近には桜の木が数多く植えてあり、花見の時期にはすごい人手が予想される。
三毳山(みかもやま)の駐車場から8kmそこそこで大平山の一角に着く。どこから登ろうかと思案したが、結局は楽なコース(というかエスケープルートがあるコース)を選択する。大中寺(だいちゅうじ)展望台(謙信平)⇒大平山神社⇒ぐみの木峠⇒晃石山⇒清水寺⇒大中寺(だいちゅうじ)のコースで行ってみようか。写真は大中寺(だいちゅうじ)の駐車場(無料です)付近にある案内板。
   
大中寺(だいちゅうじ)

真言宗の寺として、久寿元年(1154年)創建されたが、荒れ放題となっていたのを、延徳元年(1489年)に曹洞宗の快庵禅師が再興したもの。

上田秋成の「雨月物語」は溝口健二監督、京マチ子、田中絹代主演で映画化され、ベネチア映画祭で銀獅子賞を受賞したことで有名になった(筆者は申し訳ありませんが知りません)。この本は、9編の短編からなっているが、その中で「青頭巾」の舞台となった寺だそうだ。ナンニモシラナイ (^_^;
大中寺・油坂

なんでも、雨月物語の七不思議のあるお寺らしいので、見学してみよう。
青頭巾の物語は、その快庵禅師が近くを通りかかった時、この寺の前の住職が鬼となって、墓を暴いて屍(しかばね)を食べると云う話を村人から聞き、自分の被っていた青頭巾を住職にかぶせ、諭したが改心出来ず、最後は青頭巾と骨だけが残ったというものだ。
不開の雪隠

(説明書きによれば)戦に破れ、土地の武将(佐竹小太郎)が、この寺に逃げ込んだが、かくまってくれなかったので、、愛馬の首を斬って井戸に投げ込み、自らもそこで切腹して果てた。その後を追って奥方も逃げ込んできたが、夫の死を知ると、この雪隠で自害してしまった。以来ここに入ると、奥方の生首が出ると云った怪異が続いたので、封印し開けることが出来ないようにしたと云う。
首の井戸

(説明書きによれば)今でも時折、馬のいななきが聞こえてくると云う。
この井戸の脇が大平山(おおひらさん、341m)への登山道。
  ---- ma ----- しばらく、急登を登ると、大平山の直下あたりにポンと出る。いい汗をかいたが、展望が良いところだ。
大平山の桜

昭和9年3月31日、大平山遊覧道路の完成を記念して、約7000本の苗木を植栽した事に始まると言われています。平成2年には、「全国さくら名所百選」に選定され、北関東随一の桜の名所として、毎年県内外よりたくさんの観桜客が訪れます。
山本有三の碑

呉服商の長男として、栃木市に生まれた。大正4年に、東大独文科を卒業し、早くから文筆活動に励み、代表作の「路傍の石」をはじめ、「波」「真実一路」等を世に出し、文壇に金字塔を樹立。栃木市が誇る文豪。 「路傍の石」の一節
「 たったひとりしかない自分を、 たった一度しかない一生を、
 ほんとうに生かさなかったら 人間生まれてきたかいが ないじゃないか」
 が書いてある。
謙信平

寛永11年(1568)関東平野を競い、対立した越後(今の新潟県)の上杉謙信と小田原の北条氏康は大中寺で仲直りした後、上杉謙信はその軍を引き連れて太平山に登り兵馬の訓練を行った。その時に謙信は南の方に空の果てまで広がった平原を見渡して、あらためて関東平野の広さに目を見張ったと言われている。この場所が「謙信平」と呼ばれるゆえんだそうだ。春は桜、秋は紅葉が綺麗だという。
東屋と土産物屋

春は、桜が満開に咲き誇り、休憩所はお弁当を持った家族連れやカップルで大賑わい!(だそうだが、今日は独占状態だ)。土産物屋で、名物「あつあつの卵焼き、焼き鳥、お団子の3点セット」を注文する。外は寒いから中で食べなさい、と勧められたがここはやっぱり景色を堪能しながら食べる方がいいだろう。すると、出来たら外まで持ってきてくれるという。但し、代金先払い。
名物「卵焼き」

卵焼きだけ注文する。うん、ウマイ!試してみる価値大の絶品。・太平だんご 300円 ・玉子焼 350円 ・焼鳥 450円のお値段。
今日の行動食は具沢山のポトフなので熱々の卵と一緒に食べるととても暖まる。誰もいないところがいいねぇ。
大平山神社

お腹もいっぱいになったし、ボチボチ縦走してみようか。
しばらくダラダラと登ると、大平山神社に着く。ここは、天長4年(827)慈覚大師によって創建されたと言われ、家光以来 徳川歴代将軍の崇敬を受けたところだという。山頂には3つのお堂があった。「黒門」「平澤」の千社札がベタベタと貼ってある。
大平山(346M)

大平山神社から一登りすると、大平山の三角点に着く。昔の山城の本丸跡らしいが、小さな祠が祭ってある以外は、三角点の表示もない。かろうじて見つけた標識だけ。(^_^;
グミの木峠

ちょっとしたアップダウンを軽快に進むと、グミの木峠という分岐点にさしかかる。せっかくなのでもっと先まで行ってみることにしよう。
に平坦な道を行き、ちょっと急登を登ったところが大平山頂上で、ここにも神社がある。
晃石山(てるいしやま) 419m

危うく巻き道を採るところだったが、もしやと思い、急坂を上り詰める。あ、やっぱり山頂があった。ちょうど、祠の手入れをしに来ている人がいて、真新しいベンチを一つこさえていた。展望は残念ながらほとんどない。ここが最高地点だ!
晃石山山頂

かろうじて山頂の標識がある。ラッキー。
晃石神社

 山頂から下ること5分で、神社の広場に出る。巻き道を歩いてきた人がのんびりと会話をしている。さて、ここから、清水寺へ降りようとしたら声をかけられる。「どこに行くんですか?この下りは急ですよ。アブナイですよ。ぐみの木峠はあっちですよ」とご丁寧に教えてくれる。「分かってますよ、そっちから来たんですから」と愚妻は腹を立てている。よっぽど初心者と見られたか?
清水寺(せいすいじ

チョットは急な下りではあったが、いつもこのくらいの坂は下っているぞ。とずっとブツブツ文句を言いながら降りる。お堂の入口に光センサがあり、通過すると内部の照明がつくハイテク?仕様におどろき。下野坂東26番札所として参観人が多く、本尊は十一面千手観音で、僧行基の作と伝えられている。この観音は、一名「滝の観音」と言われるそうだ。
さぁ、元のところまで舗装道路を引き返そう。