| 四国八十八ヶ所巡礼お遍路弘法大師の御心をたずねて 第62番・天養山・宝寿寺子育ての霊水「玉の井」 南無大師遍照金剛 |
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| 本尊 | 阿弥陀如来 | 駐車場・30台 | ||
| 開基 | 聖武天皇 | 宿坊無し | ||
| 住所 | 愛媛県周桑郡小松町482 | 0898−72−2211 | ||
| 本尊の真言 | おん、あびらうんけん、ばざらだどばん | |||
| 御詠歌 | さみだれのあとに出でたる玉の井は、白坪なるや一の宮かな | |||
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大師堂 | |
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| 周辺情報 |
| また、国道11号線に出て東に向かえば、直ぐに宝寿寺。山門では”一国一宮”と大書された石柱に迎えられる。さして広くない境内ながら、手入れの行き届いた小庭園など全体がうまい具合に溶け合っている。 山門右脇に立つ安産観音像はいかにもリラックスした表情で、どこか微笑ましい。 |
| 略縁起 |
| 天平年間(708〜781)大己のご神託により聖武天皇が諸国に一の宮を造られたことがある。 この寺はそのとき伊予一国一の宮のご法楽所として創建された。 その後、数度の洪水でしばしば塔堂に被害を受け、荒れ果てていたが、天養2年(1144年)に再建されたのでその年号にちなんで天養山と山号を改めた。 弘法大師は四国御開創の折、久しく当山に留錫され、聖武天皇の后、光明皇后にかたどり、十一面観世音を刻み、当寺の本尊としました。 その後、天正13年(1585年)秀吉の四国征伐の争乱によって荒廃し、寛永3年(1642年)四国遍路の行者、宥伝上人によって再興されました。 さらに明治の廃仏希釈令で廃寺となったが同10年独立。 大正10年、予讃線開通のため現在地へ移転した。 |
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