| 四国八十八ヶ所巡礼お遍路弘法大師の御心をたずねて 第55番・別宮山・南光坊ハト乱舞する大師堂 南無大師遍照金 |
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| 本尊 | 大通智勝如来 | 駐車場・30台 | ||
| 開基 | 行基 | 宿坊無し | ||
| 住所 | 愛媛県今治市別宮町3−1 | 0898−22−2916 | ||
| 本尊の真言 | なむ、だいつぅち、しょうぶつ | |||
| 御詠歌 | このところ三島に夢のさめぬれば、別宮とてもおなじ垂述 | |||
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| 周辺情報 | |||
到着までの道のりに、心配は何も無い。 市内中心部にあるためか、そう大きくない境内も広々とした風景。 88ヶ所の中でも”坊”の名のつくのはここだけ。 これは航海安全の神様として大三島にある大山祇神社別当寺24坊の一つとして創建された。 鬼瓦が特産の菊間町が近いことから、ちょっとした屋根にも味わい深い表情を感じたりする。 句碑などが多いのも特徴だ。 |
| 略縁起 |
| 伊予の大守、越智玉澄が文武天皇の勅願を受け、今治沖に浮かぶ大三島に大山祇明神を勧請し、法楽所として二十四坊を建立した。 ところが、海が荒れた時など海を渡っての参詣に不便を感じ和銅5年(712)その別宮を越智郡日吉村に移したとき、二十四坊のうちの八坊を別当寺として共に移した。 天正年間、長宗我部の兵火に遭って堂宇は焼失、さらに城主河野家の滅亡とつづき、滅亡と同時に寺領を没収されたが、南光坊だけは別宮明神の別当寺として再建され、慶長5年には藤堂高虎公の祈願所として薬師堂の再建を見、さらに久松藩主からも尊信を得、別当職を持続していたが明治の廃仏棄釈令で御本地仏として社殿に奉安してあった大通智勝如来、二大脇士、十六大王子を薬師堂に還し寺として独立。 以後昭和20年の空襲で大師堂と護摩堂を残し、ほかの堂塔は焼失した。 |
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