| 四国八十八ヶ所巡礼お遍路弘法大師の御心をたずねて 第54番・近見山・延命寺名鐘の音天下一品 南無大師遍照金剛 |
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| 本尊 | 不動明王 | 駐車場・20台 | ||
| 開基 | 行基 | 宿坊無し | ||
| 住所 | 今治市阿方 | 0898−22−5696 | ||
| 本尊の真言 | のぅまく、さんまんだ、がざらだん、せんだ、まかろしゃだ、そばたや、うん、たらた、かんまん | |||
| 御詠歌 | くもりなき鏡の縁とながむれば、残さず影をうつすものかな | |||
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山門と大師堂 | |
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| 周辺情報 |
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| 円明寺からは国道196号線を通って今治市へ入ると直。案内板も見つけやすく、スムースに行けるだろう。 しっとりと落ち着いた境内では、昆布茶のお接待などもあって、ほっと心を安らいでくる。 水子地蔵の池のほとりに立つ”ほほえみ地蔵”が印象的で、音色がいいことで知られる鐘楼とも、やさしい空間に迷い込んだ気分だ。 |
| 略縁起 |
| 天平年間、行基が不動明王を刻み本尊として、海抜224mの近見山に七堂伽藍を創建した。 のち、嵯峨天皇の勅願を受けて来錫した弘法大師が当寺で修学、荒れていた堂宇を再興し近見山・不動院・円明寺と号し信仰と学問の中心道場とした。 だがその後は、数度の兵火に遭いそれまで隆盛を見ていた七堂伽藍はことごとく焼失。 再建なったのは競歩12年になってであり、そのとき現在地に移した。 寺宝に宝永元年鋳造の梵鐘がある。この梵鐘は、長宗我部の兵士達が軍用金にしょうと略奪し海上へ運んだ時、梵鐘自ら海中へ沈み略奪を拒んだ、という伝えがある。 寺名の円明寺だが、明治になって郵便制度が出来た時、郵便物が53番の円明寺と間違い双方ともに困った為、当寺が官許を得、それまで俗称だった延命寺を正式の寺名にしたのである。 |
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