| 四国八十八ヶ所巡礼お遍路弘法大師の御心をたずねて 第50番・東山・繁多寺遠望道後平野 南無大師遍照金剛 |
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| 本尊 | 薬師如来 | 駐車場・10台 | ||
| 開基 | 行基 | 宿坊無し | ||
| 住所 | 愛媛県松山市畑寺町32 | 089−975−0910 | ||
| 本尊の真言 | おん、ころころ、せんだり、まとぅぎ、そわか | |||
| 御詠歌 | よるずこそ繁多なりとも怠らず、諸病なかれと望み祈れ | |||
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左は歓喜天堂と下は大師堂 | |
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| 周辺情報 |
| 県道40号線に沿ってしばらく行けば、池手前の信号左に案内板。右折して進むと束の間、真新しい山門の広場に着く。 木々の繁る森に抱かれたような寺で、広々と懐の深い境内は清々しい。 本堂左手には徳川四代将軍家綱の念持仏三体の一つである歓喜天が奉られていて、厄除け商売繁盛、合格祈願などの参拝客が多い。 |
| 略縁起 |
| 天平勝宝年間、孝謙天皇の勅願により、行基が座像三尺の薬師如来を刻み、それを本尊として開基した。 のち弘仁年間、弘法大師が留錫して修行され、現在の山号、寺号を名付けられ四国50番札所と定められた。 それ以来、寺運は衰退し、境内や伽藍はさびれるにまかせていたのを源頼朝が再興し、弘安2年には御宇多天皇の勅命(蒙古襲来の退散祈願所)を奉じて聞月上人が、この寺でその祈願を行っている。 さらに天保の頃、龍湖という名僧が出て、徳川家の帰依を得、四代将軍の念持仏の一つであった歓喜天を付託されて、聖天堂に奉っている。 そのように歴代の皇家の尊崇を得た証として、十六弁の菊の紋章瓦が残っている。 また、時宗の一遍上人も寺に留錫し、修学されたという。 |
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