| 四国八十八ヶ所巡礼お遍路弘法大師の御心をたずねて 第44番・稲荷山・大宝寺老梢に朝霧流る密教寺 南無大師遍照金剛 |
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| 本尊 | 十一面観世音菩薩 | 駐車場・15台 | ||
| 開基 | 明神右京隼人 | 宿坊=130人 | ||
| 住所 | 愛媛県上浮穴郡久万町管生 | 0892−21−0044 | ||
| 本尊の真言 | おん、まか、きゃろにきゃ、そわか | |||
| 御詠歌 | 今の世は大悲のめぐみ管生山、ついには弥陀のちかいをぞまつ | |||
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| かえると蛇のにらめっこ 仁王門の下部に有ります。 昔の人もユーモアたっぷり。 |
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| 略縁起 |
| 文武天皇の勅願所である。 明神右京隼人という兄弟の狩人が当山で十一面観世音菩薩の尊像を発見し、小袖に包んで奉持、安置したのが始まりである。 のち文武天皇の勅願により、その年の年号にちなんで大宝寺を号して開創。 開創後の弘仁年間、寺に留錫した弘法大師が密教三密の修法を厳修され、この寺を四国霊場44番、中札所と定められた。 その後、保元年間(1156〜58)には後白河天皇が病気平癒を祈願され、全快後は仁平2年に焼失していた一宇を再興、帝の妹宮を住職として下向させている。 盛時には山内に48坊を数えていたが天正年間、長宗我部の兵火にかかって焼失、近くは明治7年の火災に遭い、そして長い年月を費やして再建、という歴史をくりかえしてきた。 当寺は藩主松平家の祈願所であった。 |
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