| 四国八十八ヶ所巡礼お遍路弘法大師の御心をたずねて 第43番・源光山・明石寺本堂飾る唐破風 南無大師遍照金剛 |
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| 本尊 | 千手観音菩薩 | 駐車場・40台 | ||
| 開基 | 正澄上人 | 宿坊=100人 | ||
| 住所 | 愛媛県東宇和宇和町明石 | 0894−62−0032 | ||
| 本尊の真言 | おん、ばざら、たらま、きりく | |||
| 御詠歌 | 聞くなら千手ふしぎのちかいには、大盤石もかるくあげいし | |||
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周辺情報 | ||
| 県道31号線を一山越えて北にゆけば県道29号線に突き当たり、それを今度は西へと進む。そろそろ国道56号線が現れようかという頃に、明石寺への案内板に出会う。 境内はどこか時代がかったムードに包まれ、その理由が唐破風造りと呼ばれる重厚な本堂屋根の設えにあることを知る。 源頼朝が池禅尼の菩提を忌って一宇を建立した歴史から改められた山号で、風格とか趣深さなどは一級品だ。 |
| 略縁起 |
| 若き乙女に変身した千手観世音菩薩が大石をいだいて篭もったという霊場であり、欽明天皇の勅願により、円手院正澄という行者が開創したと伝えられている。 のち、天正6年(734)役行者小角から数えて五代目に当たる寿元行者が、紀州より熊野十二社権現を慣請し十二坊を建てて修験ト道の中心道場となった。 さらに弘仁13年(822)この寺に留錫した弘法大師が、金紙金泥の法華経をおさめられ、一夜にして堂宇を建立、加えて諸堂の再興に貢献され43番札所と定められた。 その後の建久5年(1195)源頼朝が、かって助命してくれた池の禅尼の菩提をとむらうため一宇を建てたことから、それまでの現光山の山号を現在のものに改められた。 その頼朝の経塚は権現堂の後ろにある。 この寺は四国霊場の本関所としておそれ敬われ、且つ通称を”あげいしさん”と呼ばれ親しまれている。 |
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