| 四国八十八ヶ所巡礼お遍路弘法大師の御心をたずねて 第19番・橋池山・立江寺仏罰かたる鉦の諸 南無大師遍照金剛 |
||||
|
|
||||
|
|
||||
| 本尊 | 延命地蔵大菩薩 | 駐車場・50台 | ||
| 開基 | 行基 | 宿坊=35人 | ||
| 住所 | 徳島県小松島市立江町若松 | 08853−2−1019 | ||
| 本尊の真言 | おん、かかかび、さんまいえい、そわか | |||
| 御詠歌 | いつかさて西の住居のわが立江、弘誓の舟にのりて至らん | |||
|
|
|
|||||||||
| 周辺情報 | ||||||||||
| 山道を降りて右折し県道136号線をしばらく行くと、左手に現れる立江川を渡ればすぐ前。 境内は広く、しっとりと尾と着いた佇まい。見所は本堂内天井に描かれた花鳥図(宿坊の襖絵も) 88か所に4つだけある関所寺の一つで、邪心を抱く者には天罰が下る場所でもある。 |
||||||||||
|
|
|
|||||||||
| 略縁起 |
| 聖武天皇の勅願寺である。 天平年間、帝の勅命を奉じた行基が、光明皇后の安産を祈念して約6cmの金の地蔵菩薩を彫刻、それを本尊として、堂宇を建立したという。 その後弘仁6年、弘法大師が留錫して約1.8mの大像を刻み、金の仏像を胎内に納め、立江寺と命名して一九番札所と定められらた。 当時寺は、400mほど西の奥谷山嶺にあった。 天正年間の兵火に遭って本尊以外の堂宇はことごとく焼失。 それ以後、長い衰退の時代を送ったが後年になって再興された。 再興したのは阿波藩主・蜂須賀家政公でありその時に現在地に移転したもの。 立江寺はまた、阿波の関所寺として知られている。 諸人の理非曲直を見分ける関所である。ために不義密通とか、あるいは邪悪の心を抱いた者には天罰をくだす。といわれている。 |
| トップへ | 全てのお寺へ | 戻る | 次は20番・鶴林寺へ |
![]()
|
|||
|
|