四国霊場88ヶ所お遍路弘法大師の御心をたずねて南無大師遍照金剛
一番最初の巡礼者・衛門三郎由来−2
それから何年かたって、伊予の国の大名河野左衛門助息利の家に、丸々と太ったかしこそうな若君が生れました。

ところがどうしたことか、生れてから何日たっても左手を堅く握って開きません。
そこで、菩提寺である安養寺のえらいお坊さんを呼んで祈願してもらいました。
すると今まで堅く握っていた手を開きましたが、不思議なことに衛門三郎再来と書いた小石を握っておりました。

これこそ何年か前に死んだ衛門三郎が、大師様の情け深い加持のお導きによって伊予の殿様の若君として生まれ変ったもので、若君はその後成長してりっぱな国司になったと、いい伝えられています。

石を手に握っていたということから、菩提寺である安養寺はそれから石手寺と名づけられ、若君が握っていたという小石は、今の四国五十一番札所石手寺に保存されていると伝えられています。

又、衛門三郎が四国を廻ること順に二十回、逆に一回という長い間、黄金と思い込んで背中に背負って歩いた袋の中の石はこの庵に保存され、ここに参拝する人々は皆その不思議なありがたさに感じ入っています。

このようなありがたい因縁によって、この庵の庭に有る小石は安産のお守りとなり、生れた子は丈夫でかしこく育つといわれ、又この砂は大師様が加持して衛門三郎の亡骸にかけられた小砂であるということから、布で包んでなでたり、又これをふくむと脚気の病もなおると言い伝えられています。
あちらこちらに「お砂ふみ」とか「お砂行事」という行事がおこなわれていますが、これから始まったものだといわれています。

杖杉庵
衛門三郎が息を引き取る時一巻の経文を胸にいだかせて、今までの非道の罪を消して次の世の幸せを祈らされたということから、この庵の納経はとりわけありがたい因縁があります。
死者を葬る時この納経で身をおおうと、次の世では幸福な富者に生れることができるとも伝えられています。

このように衛門三郎には不思議な因縁が数多く伝えられていますが、今一つ、大師様が衛門三郎の墓標にと立てた杉の杖は、これ又不思議なことに根をおろして大きく成長して、廻り12m、高さ57mにもあまる大木になりました。
ある時この大木からにわかに黒い煙を出して焼けはじめました。
消そうとしましたが消すことができません。
とうとう7日7晩燃え続いてようやくのことに消えました。
そして焼け残った株は不思議にも入蓮の蓮の花の形に焼け残っていました。衛門三郎墓標

この杉が焼けたのは、衛門三郎がおかした罪のつきたしるしであると言い伝えられ、その当時京都の御室から衣紋三郎に「光明院四行入葉大居士」という戒名がおくられました。

その後この焼け跡に土を入れて杉の苗木を植え、昔の名の残りを今にとどめています。
この庵を杖杉庵というのもそのためであります。


・・・・・ありがたや、大師の加持の力にぞ、消えつる罪は、後の世まで・・・・・


――終わり――

基礎知識

【運営会社「パラダイムシフト」サービス】

無料ホームページ   携帯ホームページ   無料ホームページ作成   レンタルサーバー   ブログ   ホテル   アンドロイド   評判   Timesell   格安国際電話   宿泊料金比較