| 四国霊場88ヶ所お遍路弘法大師の御心をたずねて南無大師遍照金剛 |
| 一番最初の巡礼者・衛門三郎由来−1 |
| 弘法大師が四国霊場を開こうと思い付かれ、人影も無い深い山にわけ入っては道を開き、谷川には橋をかけ、大蛇や悪魔をふうじこめたり、寺をたてたり、仏像を彫るなどして、風雨にうたれながら、長い間の難行苦行の修行をつづけられていた時のことでした。 伊予の国、浮穴郡荏原の庄に衛門三郎という長者がありました。 衛門三郎は大変な長者で勢いが強く、倉荷は金銀財宝がみちみち、何不自由なく暮らして近国に比べる者もない程度の長者でした。 ところがどうしたことか非常に欲が深く、その上使用人をいじめたり、村人たちを苦しめ、飢えに泣いているまずしい人を見ても一銭の金も一粒の米もめぐんでやることを知りませんでした。 道で病にたおれ、苦しみもだえている者を見ても振り向きもせず、これをいたわる情けもありません。 時には木や竹をふり上げてたたいたり、追い払うという、それはそれは強欲非道な長者として、だれ知らぬ者もなく、人々から鬼の長者として大変恐れられていました。 写真はその跡地に建つ 別格二十ヶ所・文珠院 ある日のことでした。 荏原の村に辿り着いた弘法大師は、衛門三郎の強欲非道を聞き、これを戒めて良い人間にしようと、破れた草履をはき、破れた衣服を身にまとい、見るからにみすぼらしい姿で鉄鉢をもって、長者の門前に立って食物を乞いました。 衛門三郎は使用人に言いつけて直ぐ追い返しました。 大師はあくる日も同じように門前に立ちましたがすげなく追い返されました。 次の日も門前に立ちますと、これを見た衛門三郎は怒って顔を真っ赤にし「凝りもせず又来たか、きたないくそ坊主め、早く帰れ帰れ」とののしりました。 大師はすごすごと帰りましたが、何とか衛門三郎の非道をためなおそうと、そのあくる日も又門前に立っていくらかのお米を恵んで下さいと申しますと、衛門三郎は悪魔のような恐ろしい顔で、「早く帰れ帰れ、お前のようなきたないくそ坊主の顔は見とうもないわい」と大声で怒鳴りちらしたので大師はすごすごと帰りました。 あくる日も、そのあくる日もこりずに門前に立ち立っては追い返されました。 このようにしてやがて8日目のことです。 大師はいつものように門前に立ち鉄鉢を差し出して食べ物を乞うと、いよいよ怒った衛門三郎はもう我慢しきれず、「一度ならず二度ならずよくも来たものじゃ」とものすごく怒って、門前に踊り出たかと思うと、大師がささげ持っていた鉄鉢を掴んで大地に投げつけました。 するとどうでしょう、鉄鉢は八つに砕けて光を放ちながら、大空高く舞い上がり、遥か彼方の山すそに落ちたかと思うと、今まで門前に立っていた大師の姿はかき消すように見えなくなりました。 強欲非道な衛門三郎も、このありさまを見て大変驚きましたが、強欲非道な心を改めようとはしませんでした。 仏の心を表す鉄鉢を砕いた罪は決して軽くはありません。 天罰はてきめん現れて、そのあくる日、衛門三郎の長男が病気もしないのに急に死にました。 その次の日は次男が死に、その次の日には三男というように、8日間の間に次々と8人あった男の子が一人も残らず死んでしまいました。 さしもの強欲非道で涙を流したことの無い衛門三郎も、この時ばかりは大声をあげて嘆き悲しみ、涙乍らに8人の子供を葬りました。(その地を八塚といって今も古い跡が残っています) 衛門三郎はこのようなたび重なる不思議な出来事に感じ入ってはじめて自分の非道を後悔し、恐ろしい戒めを悟って妻に言うことには。 「このごろ、空海上人とやら言う、えらーいお坊さんがあって、四国霊場をお開きになるため、この島国にこられて廻っておいでになると言うが、何時ぞや門前に立たれたお坊さんが、その空海上人様ではなかろうか」 「わしが坊さんを、あざけりののしって、鉄のお碗を砕いたために、世にも不思議なおとがめを受け、その上かわいい八人の子供はその天罰によって、一人残らず死んだのに違いない、この上は四国を巡拝することにしよう」 広い田畑や山林をことごとく売り払ってお金に換え、近隣の人々に分け与え、少し残したお金を布の袋に詰め込んで、これで大丈夫だ行き先ざきの旅費にしようと背中に背負い旅の支度を整えて、空海上人の後を慕って四国巡拝の旅をすることにしました。 そして、もし大師にお目にかかることが出来たら、これまでの罪を懺悔し、せめてあの世の罪をまぬがれたいと、妻にも別れをつげて家を出ました。 それからは、ただひたすら大師様のあとをしたって、四国八十八ヶ所を二十回もまわりました。 それでも、大師様のお姿をおがむことは出来ませんでした。 しかし何としても大師様に巡り合いたいものと、こんどは逆にまわることにして、ようやくこの地までたどりり着きました。(阿波・12番札所焼山寺) 長い旅のことで疲れもひどく、やれやれと、一休みしようと背中の袋をおろして中をのぞいて見ると、さあ大変、これまで黄金とばかり思い込んでいたお金が、いつの間にやら石になっているではありませんか。 衛門三郎は、いよいよ恐ろしくなって驚き悲しみ、自分の強欲非道の罪の深かったことを思い知り、両手を合わせてしばらくうなだれていました。 旅の疲れが一度に出たのか、体もすっかり弱りはててしまい、その上熱も出て一歩も動けなくなり、大地にうちふして息もたえだえに苦しみもだえ、衛門三郎の命ももうこれまでと見えた時です。 不思議にも大師様の神々しいお姿がどこともなく現れて 「我は前に汝の門前に立ちし空海である。汝は強欲非道のかぎりをつくし、わが鉄鉢を砕いたではないか」 という声に驚いた衛門三郎は、ありし昔の非道を後悔し 「大師様でございますか、もったいなくも大師様とも知らず一粒の米も差し上げずあざけりののしり、その上尊い鉢を砕いた罪をしみじみと身にしみて恐ろしくなり、この上のおとがめに耐え兼ねてにわかに四国巡拝を思い立ち、今一度大師様にめぐりあい、今までの罪を後悔して許して下さいと、雨の日も風の日もいとわず霊場を二十回廻り今二十一回ぶりに大師様に巡り合うことが出来るとは、何と言う因縁でございましょう。私は今はもう余命もございません。どうか今までのおかした罪をお許し下さい」 と苦しい息のの下から、息もたえだえに、いちぶしじゅうを物語り、両手を合わし真心をこめてお願いいたしました。 すると大師様は、けだかい仏様のようなお顔で「お前は一度は悪い心がつのっていたが、今は本心に立ち返って善心も強いであろう。今までにこの世の果報はすでにつきているが、次の世の果報はうけたいであろう。願うことがあればかなえてやろう。」と申されました。 衛門三郎はいよいよ大師様のおなさけ深いお心に感じ入って、落ちる涙をふきもせず 「有難いことでございま。私のような罪深い悪人をお許し下さいますか、私は河野家の一族でございますので、願わくば河野家の世継ぎとして生まれ変わらせていただきたいと思います。」 とおそるおそる申し上げると、 大師様は、「その願いかなえてやろう」と申されて、 一つの小石を拾い、衛門三郎再来と書いて左の手に堅く握らせ、又古い一巻の経文を胸にいだかせて、「来世には必ず一国の主君の家に生れよ」と申されると、衛門三郎は大師様をふしおがみながら安らかに眠るように息をひきとりました。 時は天長8年10月20日のことでした。 こうして大師様は御みずから穴を掘り、土砂を加持して衛門三郎の死体を埋め、残された杖を立てて墓標とし、後世には良い家に生れてりっぱな人になるよう、ねんごろに回向し合わせて後世の人々も共に栄え給えと、この小石と小砂を加持せられたと伝えられています。 |
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| 基礎知識 | ――続く―― |
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