猿飛佐助の故郷は今治です

猿飛佐助ってどんな人物?


戦国時代末期の、甲賀流忍術(戸澤白雲斎)の免許皆伝の腕前です。

上田城の若君、真田幸村の家来になり、
幸村のために奔走しました。

武芸や忍術に優れている。
佐助が呪文を唱えて印を結ぶと、
たちまち回り一面が火に包まれたり、
大水が押し寄せて敵は大慌て、
その一方で佐助は雲にひょいと乗り飛び去ってしまう。

佐助は、明るく活発な正義の味方。

どんな強敵と出会い、窮地に陥っても
軽々と敵を倒してしまうヒーローなのです。
今治とはどんな関係があるの?
明治、大正時代に猿飛佐助、霧隠才蔵などの人気スターを登場させ、
忍者ドラマを展開して、爆発的な人気を得た講談本「立川文庫」の
原作者が今治市出身の山田阿鉄一族なのです。

山田阿鉄とその家族(母の敬、姉の寧、弟の唯夫、姪の蘭子)、
講談師・玉秀斎が、明治44年から13年間に
196巻の物語を立川文庫として出版しました。
その販売部数は100万部を超えたと言われます。

立川文庫の第1巻は「一休禅師」、とんちで有名な一休さんです。

その後、超能力を持った架空の忍者を作り上げました。
その最初が「猿飛佐助」です。
そして、霧隠才蔵、三好青海入道、由利鎌之助などの忍者が誕生しました。

続いて、「水戸黄門」「大久保彦左衛門」といった歴史上の人物も取り上げました。


日本全国、猿飛佐助を知らない人は居ないと言ってもよいだろう。
時代を超えて、人々の心の中に生き続け、これからも、語り継がれて行くことでしょう。

この偉業を成し遂げた山田阿鉄の遺骨は、今治市の観音禅寺に静かに眠っています。

猿飛佐助ブロンズ像完成 平成13年9月14日
猿飛佐助ブロンズ像除幕式
今治ライオンズクラブのご努力に依り完成
関係者、たくさんの子供たちと除幕。
その後、もちまきが行われた。

今治市でよみがえった
山田阿鉄と猿飛佐助


平成8年10月10日、新しい今治市立図書館のオープン記念行事として、「立川文庫顕彰展」と記念講演会・演題「猿飛佐助を創った人々」が、おこなわれた。
そこで、「忍者名人・猿飛佐助」の作者が山田阿鉄で、阿鉄が今治市出身であること、阿鉄たちが山方町にある観音禅寺の墓地で安らかに眠っていることを、多くの今治市民は始めて知りました。
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