お遍路さんの道しるべ
道しるべの歴史
弘法大師が高野山金剛峰寺を開いたのは弘仁2年(819)である。
開山のおり大師が木製の卒塔婆を建ててて道しるべとした。
鎌倉時代になって朽ちた木のかわりに石造りの五輪塔形の道しるべに変えたといわれている。

高野山への道しるべ
文永3年(1266)12月28日の文字が見える。御廟まで35丁。 御廟まで32丁 御廟まで30丁

四国最古の道しるべ
鶴林寺まで8丁
貞治2年6月24日(1366)
太竜寺の丁石
徳島県に有る丁石

道しるべのいろいろ
明治16年 方向を手を開いて 方向を指差して

愛媛県最古1685年 高知県神峯寺入り口
1857年
松山市

広げた手のみで 下に何か書く予定だったかも 最小の道しるべ
幅26cm高さ32cm

埋まってしまった 舟がた道しるべ 平成の道しるべ

少し歩いただけでも古い道しるべに沢山出会う。
四国全体では数え切れないぐらい有るでしょうね、大きいもの小さいもの相当に変化に富んでいる。
道路工事などで移動したり、家の改築で邪魔になり無くしたものなども多くあるでしょうね。
でも、平成の道しるべには感心しない、全て同じ形状をしています。
今は、各県の遍路道保存会の人たちが、歩き遍路さんの為にいろんな方法で道しるべを作っているそうです。
20番鶴林寺に有る石丁

道しるべを造った人たち 四国のみち平成の道しるべ
私の街今治市には54番延命寺から59番国分寺まで6ヶ所のお寺が有ります。
へんろ道の脇には多くの道しるべが残っています。
ここでそれらを辿って見ましょう。
少し足を伸ばして60番横峰寺へ
道しるべとへんろ道を歩く
遍路道で出会った石仏や古い道標の写真が掲載されています。
織田さんの作品は月刊誌「へんろ」にも連載中です。
四国札所の石仏

基礎知識

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