■ある日の出来事■ リングファット領地よりもかなり南の、町とは到底呼べない、村と言ってもかなり小規模な・・・そう、 集落のような場所。当時既に数の少なくなっていた流浪の民がひっそりと暮らしていた。
「ほら、こうやると水になるんだよ」 四、五人の友人たちに囲まれて、11歳のルシフェルは姉に教えてもらったばかりの魔法を披露していた。 手のひらから水が湧き出てくるところを想像して、後は呪文を唱えるだけ。まだ幼いルシフェルには 姉の詳しい説明も分からなかったため、その程度にしか思っていなかった。 それでもルシフェルは魔法を使うことが出来たのだ。それは生まれつき強い魔力を持っていたからなのだが・・・ 当時のルシフェルにはそんなこと分かるはずも無かった。 「すっげぇ〜〜、なんでそんな風に出来るんだ? 」 友人の一人、ルシフェルの隣でじっくりと見ていた男の子が興味深そうに尋ねてくる。 彼の自分を羨んでいるような視線に照れくささを感じながらも、ルシフェルは得意げに答えた。 「これがぼくの才能なんだってお姉ちゃんが言ってた。他の事はあんまり上手く出来ないけど、こんなこと 他のみんなにはできないもんね」 魔力がどうのこうの、なんていう話は到底理解できなかったから・・・姉の話を真っ直ぐに信じていた。 特別運動神経が良い訳でも頭が良い訳でもなかったため、人にはない才能なのだと褒められるのが当時の ルシフェルには一番嬉しいことだったのだ。 流浪の民には魔力がない。それがこの世界の常識で、だから周りの人々は自分と同じようなことが 出来ないのだと、その時のルシフェルには到底理解できることではなかったから・・・・特技なんて簡単な言葉で 済まされるものなのだと信じていた。 「ルシフェル、そろそろご飯だから帰ろう」 「はぁ〜〜い」 迎えに来たらしい姉に呼ばれ、ルシフェルは良いお返事をする。友人たちにまた明日ね≠ネんていつも通りの 簡単な別れの挨拶をして、元気良く姉の下に駆け寄っていった。
「おかえりなさい、二人とも」 家に帰ると優しい笑顔を浮かべた母が迎えてくれる。父は既に用意されている食卓につき、ルシフェルたちを 見つめていた。 ルシフェルは父と母両方ともにあまり似ていなかった。どちらからも要素は貰っている感じではあるが、他人と言えば 誰しもが信じるほど。けれど姉とは良く似ていた。歳がそんなに離れていなかった所為もあってか、双子といっても いいくらい顔のつくりが同じだった。声も、男女の差を感じないくらい似通っている。 それに加えて、流浪の民の中で魔力を持ち合わせているのもルシフェルと姉の二人だけだった。 魔力を活かしたいのだと言って、姉は修道院に通っていた。修道女になって回復魔法を習得して、そして人を 助けたいのだと。 それを聞いた父や母も喜んでいたし、だったら同じ特技を持つ自分もそうしよう。いつからか朧げに、ルシフェルも そう考えるようになっていた。修道士になって色んな魔法を使えるようになって・・・そして色んな人の役に立とう、と。
過ぎていくのは全くの平穏な毎日。コレといって何もない、本当にのどかな日々。
ある日のことだった。 散歩に行こうと突然言われたため、姉と二人で森の中にある泉までやって来た。 「ねぇ、ルシフェル・・・」 早速泉で遊ぼうと靴を脱ぐルシフェルに、突然姉が真剣な呼びかけをする。少しばかり驚いてどうしたの?≠ニ 振り返ってみると、泣きそうだとも取れる表情を浮かべた姉と目が合う。なにも言うことも出来ず、ルシフェルは 口ごもった。 「ルシフェルは自分でも分からないような、そんな感情を抱いたことがある? 」 消え去りそうな声で紡がれる言葉。あくまでも真剣なその問いかけの意味が、ルシフェルには全く理解できなかった。 「・・・ない・・よね。私がどうかしてるのかしら・・・やっぱり」 苦笑する姉。ルシフェルは何も言うことが出来なかったけれど・・・・・それでも姉はすぐにいつも通りの笑顔を 浮かべていたから、きっと大丈夫なのだろうと思い直した。 きっと、大したことではないのだろうと。
思えばこれが最初の異変だったのかもしれない。 この時気が付いていれば、あんな事にはならなかったのかもしれないのに・・・・。
それからまた数日が経って・・・。 「・・・ん・・」 真夜中、ルシフェルは何故か目が覚めてしまった。何度か寝返りをうってはみるが、どうにも寝付くことが出来ない。 仕方ないので水でも飲もうと、ベッドから抜け出してキッチンに行くべく部屋を出た。 (・・・? ) 父と母の部屋の前を通った時、なんとなく胸騒ぎがした。電気がついているわけでもない、何の物音も 聞こえるわけではないというのに・・・胸騒ぎが拭えなくて、恐る恐る扉を開けた。 (・・いない・・? ) そこには誰もいなかった。人の気配すら・・・なにも、ない。 怖くなって、今度は姉の部屋に向かう。単に外出しただけだったとしても姉は知っているだろうと思ったのだ。 「・・・お姉ちゃん? 」 扉を開けると、やはりそこに姉の姿はない。 どうして誰もいないのか・・・ルシフェルには分からない。誰もいないことが怖くて、誰もいないこの家にいることが 怖くなった。 逃げるようにして家の外に出る。こんな真夜中に外出するのは怖かったけれど、胸の内側から湧き出てくる不安が どうしても無くならなくて、自分の中の何か予感めいたものが外に出ろと言っているような気がして・・・・。 「・・・・・? 」 真っ暗な空間の中に、水溜りのようなものが幾つも出来ているのがわかった。足を進める度にピチャピチャと水音が鳴る。 「・・・ひゃっ!? 」 突然なにかに躓いてしまい、ルシフェルはドタッと音を立てて転んでしまった。一体何に躓いたのかと、何とも無しに 振り返ってみると・・・ (・・・・嘘・・) 人だった。ルシフェルが躓いても起き上がらなかったくらいなのだから当然、それに息はない。 よく見るとその周りにも点々と人らしきものが横たわっている。 だったら、もしかしてあたり一面に広がっているこの液体は・・・・ 寒さの所為で鼻が痛い。鼻が利かない。その事が突然怖くなった。 恐る恐る手に付いた液体を口に運ぶ。ほんの少し、ほんの少量を舌先につけてみた。 鉄の味がする。 それは血だった。 辺り一面に流れているのは、おそらく点々と倒れている人々の・・・・血液だった。 震える足を必死に立たせ、ルシフェルはまた歩き始めた。だれか、だれか一人でも生きている人はいないのかと 必死に探した。 「・・・あ・・」 少しばかり歩いたところで、求める人物はすぐに見つけることが出来た。 幾つもの屍が転がる中で、ただ一人立っている。月明かりが妙に映えて、その人物に付着している血がやけにはっきり 見えた。 「・・・お姉ちゃん・・? 」 切れ切れになる声で呼びかけると、その人物は空ろな瞳をゆっくりとこちらに向ける。 微笑んでいるような、気がした。
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