■フィラディーヌの泉■ 森の中にひっそりと佇む泉。その周りだけは鬱蒼とした木々たちも遠慮がちに生え、草原のような青々しい背の低い草が 脇役を買って出ている。所々に咲いた、見たことも無いような可憐な花がこちらに語りかけるように草の隙間から顔を覗かせ、 この地に訪れた者を癒していた。美しい水が湧き出ている、ここは正に神話の世界。実に神秘的でどこか神々しい印象を与える。 ・・・けれど実際訪れてみれば、そんな事などどうだっていいのだ。いや、それどころではない・・・といった方が正しいか。
「・・・疲れた・・」 「ありませんね・・」 つい先ほどまで手分けしてこの場所の調査をしていたブラムとフィアルはぐったりとしてその場に座り込んだ。 ライラディアスの指輪に関連する何かがあるのではないかと考えこの場所に来、そして散々捜索したと言うのに・・・・ 手がかりどころか、神か精霊の波長すら感じ取る事が出来ない。 ブラムはもはやココが本当にフィラディーヌの泉なのかと言う事すら疑い始めていた。 「地図で言えばココで間違いないはずなんですが・・」 フィアルも同じ疑惑を抱いていたらしく、再び地図とコンパスを取り出して考え込んでしまう。ブラムはボフッと身体を倒し、 草むらに寝転がりながら尋ねた。 「なぁ、フィラディーヌの話って確か三千年前くらいの事だっけ?」 「えぇ。確かそうだったと記憶しています」 フィアルが頷いた事を確認すると、今度はそのままの体勢で煙草を取り出し口に銜える。ライターで火をつけ終えてから、ブラムは 再びフィアルに向かって呟いた。 「精霊の寿命は精々二、三百年。ってことは少なくとも十回以上は世代交代してる訳だ」 澄んだ空に立ち上る紫煙を見つめつつ、更に考えを巡らせていく。
地の神の怒りを抑えるために人柱となったフィラディーヌ・・・コレと似た例は他にも幾つかある。現代には流石にこんなことは 起きないが、所謂神話の時代には頻繁に起こっていた事態らしいのだ。神の力を静めるために人間が精霊となるケースは。 その多くは現況である神の力を受け継いだ精霊になるのが普通だ。地の神が現況であるならば地の精霊に、という具合に。 ・・だというのに、フィラディーヌが変化を遂げたのは水の精霊。・・・そんな事が有り得るのだろうか? ブラムの一番の疑問はコレだった。 そして恋に堕ちた相手が湖の神ライラディアス・・・全てが図った様な出来事だとは思えないだろうか。まぁ、所詮神話なのだから 多少の脚色はあるだろうが・・・それでも・・。 (・・まさか、全てはライラディアスが仕組んだ事なのか・・?) 地の神の反乱。それを沈めるための人柱でありながら、水の精霊となったフィラディーヌ。 この一連の事柄の黒幕がライラディアスであったとしたら・・・・全てに納得がいく。 (・・・いや、まさかな・・) 一瞬過ぎってきた考えを嘲笑うようにブラムはその身体を起こした。 水の神の一配下でしかないライラディアスにそれだけの力があるとは思えない。なによりも彼がそんな行動を起こす意味も不可解だ。 ブラムは煙草を揉み消し、意気揚々と立ち上がった。 「・・・どうしました?」 不思議そうな顔をした・・・いや、無表情なのだが・・・フィアルがブラムに尋ねる。ブラムはニンッと微笑み、それに答えた。 「ここの泉を今℃轤チてる水の精霊を呼び出してフィラディーヌの事と、あわよくばそれプラスこの辺にライラディアスさん いませんかね〜?≠チて聞き出すんだよ」 「・・・はぁ・・」
フィアルがかなり訝しげな目でこちらを見ているが、ブラムは敢えて気に留めないフリをして持っていたライターを手の内で弄びつつ 泉の方へと向き直る。 「こういうハナシ知ってるか?男が泉だか池だかに自分の斧落しちまって、そしたら精霊が出てきて言いましたとさ。 アナタが落としたのは金の斧銀の斧それともこの鉄の斧かしら〜〜?=E・・ってヤツ」 わざとおどけた言い方をしてみるとフィアルは≪?≫を浮かべながら立ち上がって頷いた。 「正直者の男には金の斧が与えられたのだという、童話か何かでしょう?それがなにか?」 ≪まさかやってみる気なんですか?≫というフィアルの心の声が聞こえるような気がしながらも、ブラムは悪戯っぽく舌を出して答える。 「修道院って、結局はこういうことしか教えてくれねぇんだぜ・・・っと!!」 思い切り振りかぶり、風を切るような音を立てつつライターを泉の中へと放り投げた。フィアルは相当驚いているらしい。 いつも通りのポーカーフェイスながらも聊か目を見開いているように思える。 そんな予想通りの反応に満足したブラムは体勢を整え、キリッと真面目な表情へ変わった。 「奮い立たせよ汝の力。我ここに水の神の加護を持ちて、いざ汝を呼び起こさん。泉を守りし水の精霊、我の前に姿を見せよ。我は望む、我は求む。 汝と言う存在をこの場に在らしめん事を」 長々しい詠唱を口にするにつれて、印を結んだ手から蒼い光が放たれる。久々に感じる身体の底から力を奪い取られるようなこの感覚に ブラムは思わず顔を顰めていた。
まだ修道院にいた頃に・・・・まだ幼く、今よりは真面目であった頃に・・・自分の師匠である先輩修道士に教えられた陽の魔法。 血塗られた民の自分が持つ魔力の属性は当然ながら陰で・・・一応一通りの魔法を叩き込まれはしたものの、身体との相性はすこぶる 悪く、その後の消費は激しい。 だから滅多にやらないし、やりたくないのだが・・・この状況ではこの方法が一番手っ取り早い訳で・・・。
「泉が脈打っている・・」 呆然と立ち尽くしていたフィアルが不意に呟いた。自分の仕事を終えたブラムも泉の変化を見つめる。 「精霊の召喚魔法も使えるとは・・・流石、」 「流石≪腐っても修道士≫ってか?」 「・・(コクリ)」 フィアルに賛美の言葉を投げかけられ、ブラムは冗談めいた言葉を返した。照れ隠しも含めてのことだったというのに思い切り 頷かれてしまい、聊かショックを受けながら説明を始める。 「何でもいいから銀で出来た物を贄として水の神の印を結び、詠唱する・・・・≪童話みてぇで覚えやすいだろ≫って教えられてな・・」 ブラムは遠い日に思いを馳せた。
修行だと言って散々シバかれ、殴られ、こき使われた幼い日々。超スパルタな特訓・・・教えられた事が出来なければメシを抜かされたり 聖職者とは思えないような言葉で罵られたり。弱音を吐いたら罰金なんていう制度もあった。 (・・・覚えとけよ、あのサディスティックくそジジイ・・) ・・・決して、いい思い出ではないのだった。
「・・あれをっ!!」 フィアルが突如声を荒げ、泉を指差す。ブラムもそれに従い視線を移すと、先ほどまで蒼い光を放ち脈打っていた泉がサーッと真っ赤に 染まっていた。 「くだらぬ術を使う者よ・・・」 何処からか地を這うような声が響き、泉から湧き出ていた水全てが巨大な蛇へと姿を変えていく。 その出来事にこちらが何か反応を示すよりも早く、大蛇達は一斉に襲い掛かってきた。 「・・俺、俺の所為か?・・・失敗したのか?」 オロオロ・・・というよりオドオドするブラムだが、フィアルはう〜〜ん≠ニ首をかしげる。 「けど、手順やら何やらは間違ってないぜ?」 刀を鞘から抜き、化け物をバタバタとなぎ倒していくブラム。フィアルはといえばこれと言って何をするわけでもなく、スイスイと大蛇の 攻撃をかわしながら考え事をしている。 「・・く・・っそ、キリがねぇ・・」 四方八方から向かい来る蛇たちは、いくら切っても数が減らない。泉から絶え間なく湧き出てくるのだ。それこそ、先ほどまでの泉の流れと 何ら変わりなく・・・ただ違うのは、湧き出てくるものが澄んだ水でなく蛇だということくらいか。
「フィアルッ!?」 不意に自分を攻撃してくる蛇たちの動きが緩まったため奇妙に思ったブラムが視線を移してみると、そこには数百匹の蛇に巻きつかれたまま 泉に引き込まれそうになっているフィアルの姿があった。なぜか余裕そう・・・というより慌てた様子の無いいつも通りの無表情なのが 気になったが、ブラムは急いで救出に向かう。 ・・・・しかし・・ 「・・・ぁ・・・・っ・・」 突如激しい目眩に襲われ、足腰に力が入らなくなってしまった。ガクンとその場に膝をつき、懸命に頭を振って自分を奮い立たせようと するも身体が言う事を聞かない。合わない陽の魔法を使った代償が今来てしまったのだ。激しく早い鼓動が全身で響き、その度に意識が ぶれそうになる。凄まじいほどの魔力と体力の消費・・・・時間がたてばすぐに治る程度のものなのに、今回ばかりはタイミングが 悪すぎだ。 「・・クッソ・・・」 フィアルを助けなければ・・・その思いは強く、必死に立ち上がろうとするのにやはり叶わない。滴るように汗が流れ、急激に体温が下がり 呼吸をすることすら辛くなっていく。 明確に、以前よりも症状はひどかった。これがブランクのためなのかどうかは分からないが、苦しむ時間も長い気がする。 (・・このままじゃ・・ヤバイ・・) 揺らぐ視界でフィアルを捉えると、彼は何処と無くうっすらと微笑んでいた。そして言う。 「ご心配なく」 「・・・?」 ブラムは呆気に取られたが・・そんな事はもろともしない、という風にフィアルはゴソゴソと身を捩っていた。そしてそうかと思えば 次の瞬間、フィアルにギュウギュウと巻きついていた蛇達が一匹、また一匹と剥がれて行く。更に・・ 「トドメです」 どこか満足気な無表情でポツリと呟き白衣のポケットをあさくると、湧き出ていた蛇達をもジュワッと音を立てて一瞬で消し去った。 「・・・・すげぇ・・」 フィアルがトタンッ、などと心地よい足音を立てて自分の傍らまで飛び降りて来た事に安心したブラムはホッと胸を撫で下ろし、 もう堪えられないと言わんばかりにその身を横たえる。
「薬草をどうぞ。少しは回復するかと思われます」 どう見ても普通ではないブラムの体調を気遣ってか、フィアルはまたも白衣のポケットをあさくって取り出した小瓶を差し出してきた。 「・・サンキュ、でももう大丈夫だ。目眩は無くなったし、もうじき治る」 荒い息を付きながらもブラムは微笑んだ。実際、先ほどに比べれば症状は遥かに軽くなっているのだ。 「けど、どうやったんだ?さっきの」 身体を起こし、何事も無かったかのように澄んだ水が湧き出始めた泉を見つめながら尋ねる。恐る恐るその水に触れてみると、フィアルが 再び白衣のポケットから取り出したタオルを渡してくれた。汗だくになってしまったブラムに、≪コレを濡らして拭いたらいい≫と 言ってくれているらしい。 (・・・あのちっさいポケットにどんだけ入ってんだ?見た目あんま入りそうにねぇし、膨らんでもねぇのに・・四次元ポケット・・?) ブラムの中には新たな疑問が生まれたが、それはまぁ置いといて。 フィアルは何処と無く誇らしげな無表情で説明を始めた。 「以前某国の依頼で所長と開発した、≪一瞬で水分という水分全部を蒸発させちゃうぞα≫という薬品を用いたのです」 「一瞬で水分を・・?」 ネーミングはともかく、すごい発明だとブラムは思った。すごいというより・・恐ろしいというか・・。 「けど、それでなんで蛇どもが蒸発したんだ?跡形も無くなんて・・」 「あれはホンモノの蛇ではありません」 「・・え?」 口にした疑問にアッサリと答えられてしまい、聊か拍子抜けさせられつつもブラムは素直にその続きを待つ。 「あそこまで次から次へと大蛇が湧き出てくるなんておかしいと思いませんでしたか?一瞬にして泉の水が変化したのも」 そう補足されれば、すぐにピンと来るものがあった。 「・・・・幻術か」 「えぇ、おそらく」 フィアルにも同意され、ブラムは≪それならば納得がいく≫と頷く。けれどそれと同時に≪一体誰が、何のために≫という疑問が湧いた。 それはフィアルも同じらしく、ふ〜〜むっと考え込んだように俯いている。 「まぁ、さっきの声の主が犯人だな」 「でしょうね」 一つの結論に至った二人は一斉に立ち上がり、顔を見合わせた。 「俺らに喧嘩売るたぁ・・痛い目見せてやんねぇとな」 「それに、この泉の精霊がなぜ召喚できなかったのかという疑問も解決できます」 すっかり復活したブラムがバキバキと拳を鳴らしつつ殺気を含んだ笑顔を浮かべると、フィアルもコクリと頷く。 「あわよくばフィラディーヌについても、な」 「えぇ、さらに上手くいけばライラディアスの指輪についても」 バッチリなほどに意気投合。二人はガシッと拳をぶつけ合い、≪売られた喧嘩は買ってやろうぜ≫との意志を固めるのだった。
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