■研究所事情■
(あ〜ぁ・・超っ絶、胸クソ悪ぃ・・・)
結局・・一行は宿屋でチェックアウトを済ませ、スィルバローネ研究所別館の
寮の様な所に泊まる事となっていた。共同の大浴場に行っていたブラムは髪を
乱暴な手つき面倒臭そうに拭きながら所長のルシフェルに対する態度を思い出し、
苛立ちを覚えていた。
(あの若年増・・・俺でさえあんまり触った事の無いルシ君のスベスベの太腿に触りまくりやがって・・・)
・・・苛立ち・・というよりは聊か羨んでもいるようだが・・・。
「・・・っきゃーーーーーーーーーっ!!!!」
(・・な、なんだ・・?)
さっさと部屋に戻って煙草でも・・・そんなことを思いながらボンヤリと歩いていると、
突然背後から黄色い雄たけびを浴びせられた。
「男よーーーっ!若い男が半裸でーーーーっ!!」
「・・・え・・あ、あぁ・・す、すみません」
何事かとブラムが振り返ると二十歳代後半、または三十歳代の女性が蒸気すら
出ているのではないかというくらい真っ赤な顔でブラムを見ている。そういえばいつもの調子で
上半身には何も羽織らずに出てきてしまった事に気づき、すぐに謝って上着を着ようとするも・・・
「きゃーーーきゃーー♪みんな来てーーーっ!!」
「きゃーーー若い男だわーー♪」
「いやーーーーん、たくましいーーーッ♪」
女の叫び声でわらわらと集まってきた他の女達もきゃーきゃーと雄たけびを
上げながらもブラムから決して目を離そうとはしない・・。
(・・・お、俺・・見世物?・・ってか・・何でこんな喜ばれて・・・・?)
困惑するブラムを後目に、女達は続々と集まってブラムを取り囲んでいく。
(・・・うわ・・歩けねーし・・・。・・・ってか、さっきからやたらとベタベタ触ってきてる奴オトコじゃん・・)
「やーーん、背中もたくましーーーー♪」
「さ、鎖骨の形キレイですね」
「すっごーいっ、腹筋割れてる〜〜〜〜〜〜♪」
(・・・ベタベタ触るんじゃね〜〜!!・・・うっわ・・そこまで触るかっ!?)
流石のブラムも限界を感じ始めた頃、意外な人物が助け舟を出してくれた。
「お前らその男は一応客人なのだ。失礼な事をしてはダメなのだ」
「・・・あ、所長・・・すみません」
所長に一括されると、それまでブラムに群がっていた者達は一斉に名残惜しそうな
視線をブラムに向けつつ離れていった。
「ほらほら、もうお前達は部屋に戻るのだ」
「はぁ〜〜〜い」
(・・へぇ・・・コイツこんなんでもやっぱ所長なんだな・・)
ブラムは失礼にもそんな関心をしつつ、ようやく服装を調えた。
「すまぬのだ。ここの者達は皆若い男に餓えておるので・・・」
群がっていた人たちがそれぞれの部屋に入ったのを確認した後で、所長は
溜息混じりにそんな事を言う。
「・・・若い男って・・研究所にもいたじゃねーか・・」
「皆ヒョロヒョロしてて青白いのばかりなのだ」
ブラムが研究所の風景を思い出しながら言うと、所長は間髪入れずにキッパリと言い放った。
(たしかに・・・・ここは病院か、ってくらい弱々しそうなのしかいなかった気が・・・)
ブラムも密かにそれに同意・・・。
「・・・・あ、アイツはそうでもねぇじゃん。あのフィアルとか言う奴」
研究所の人々を更に深く思い出すと、例外の人物を発見した。フィアルは身長的にも
ブラムに数センチ低いていどの長身であったし、ガタイもわりと良かった覚えがある。
「フィアルは本館で寝泊りをしているのでここにはあまり来ないのだ。それに、お前の
ように上半身裸などという大サービスは絶対にしないのだ」
「・・・・悪かったな、サービス精神旺盛でよ・・」
怪訝な顔をした所長にさりげなく嫌味を言われてしまい、ブラムは引きつりながらも
先程の自分の浅はかさを悔いるのだった。
「私もいつもは本館に泊まるのだが・・・」
「・・・・なんで今日はこっち来てんだ?」
ブラムは所長の言葉に何気なく嫌な予感を覚える。
「ルシフェルの風呂上り姿が見たかったのだ〜〜〜〜♪」
「帰れ!!」
やはりブラムの勘はさえているようだ・・・。鼻歌混じりでスキップなどしつつルシフェルの
泊まっている部屋へと向かおうとする所長を必死で捕まえようとするブラムだが、
ちょこまかちょこまかと逃げ回られて中々捕まえる事が出来ない。
「てめぇ、逃げんじゃねーっつの」
「嫌なのだ〜〜〜っ!ルシフェルの風呂上りアーンド寝顔を見るまで帰るつもりはないのだ〜〜っ♪」
「ざけんなっ!ルシ君の風呂上りと寝顔を見ていいのは俺だけだっ!!」
所長の言葉に更に挑発され、ブラムは遂に本気を出して所長を捕獲した。
・・ハタから見れば子供相手になんとも大人気ない男である・・・。言い分も自分勝手だし・・。
「いーやーなのだーっ!離せなのだーっ!!」
「やかましいっ」
ブラムは所長の首根っこを鷲掴みにし、外に追い出すべく玄関に向かって廊下をズカズカと歩き始めた。
■愛染の民と愛失の民■
「・・ったく、マジでこんな野郎が所長なんて大それた地位にいる奴だとは思えねぇ・・・」
階段へと差し掛かったところでようやく諦めたのかそれまでジタバタと暴れていた
所長が大人しくなったため、ブラムは深々と溜息をつきながらそんな事を呟く。
「・・・失礼な奴なのだ。こう見えても私は博学なのだ」
「ちっともそうは見えねぇ・・・」
所長はムッとしながら言い返すも、ブラムは間髪いれずにキッパリと言ってのけた。
「・・・・本当なのだ。私は色々な事に関心を持ち、色々な事を学んだのだ」
「・・・そーかよ」
そんなブラムの態度に尚ムッとした様子の所長はいじけたように頬をプクッと
膨らませてさらに言い返すが、ブラムは大して本気にもしていないように冷めた態度を見せる。
しかし、そんなブラムの態度は次の所長の言葉により全く別のものへと変わって行った。
「例えば・・・民族についてもそうだ。特に・・・血塗られた民≠ニ流浪の民≠ヘ
興味深いものだったぞ」
「・・・・喧嘩売ってんのか?お前・・」
警戒心を強めたブラムが敵意むき出しといった表情で言葉を返すが所長はあくまでも
余裕も持って答える。
「そんな訳が無いだろう。この目で遠い昔に滅び去ったはずの血塗られた民≠ニ流
浪の民≠フ実物が見れた事は本当に喜ばしいと思っているしな」
「・・・実験台にでもするつもりじゃねぇだろうな?俺達はホルマリン漬けなんざ御免だぜ?」
所長を持ち上げていた手を放すと、ブラムは尚も鋭い視線で所長を見据えた。
珍しい民族を収集したがる化学者など珍しいものではない・・・やはりこの男を安直に
信じるべきではないのか・・ブラムはそんな風に考え始めていた。
「・・・そんなつもりは毛頭無いさ。ただ・・・お前達はどれほど自分のことを知って
いるのか、そう思ってな」
所長は少しばかり乱れてしまった襟元を正しながら確信的な笑みを浮かべながら言う。
ブラムはこの言葉に思わずその顔を歪めた。そして答える、それこそが自分から
消える事のなかったただ一つの疑問なのだと。
「・・・何一つとして知らねぇよ・・・少なくとも俺はな」
血塗られた民に変異≠オたブラムにとって、自分のルーツである
それは最も興味のある事だった。しかし、その事に関しての詳細な資料は何処にも無い。
瞳の色が金である事、吸血鬼の末裔として不吉の象徴とされてきた事・・・その程度の
知識しかブラムは持ち合わせていなかった。それだけでなく、ルシフェルの事・・・つまりは
流浪の民についてもブラムは何も知らなかった。外見的なこと、いつ頃滅ぼされたのか
という事、そのほとんどは魔力を持ち合わせていない事・・・こんな一般的なことしか分からない。
「・・お前は、本気でルシフェルの事が好きなのか?」
「・・・は?」
真面目で緊迫した雰囲気の中、突然所長はそんな事を聞いてきた。脈絡の無い質問に、
当然ブラムは呆気に取られるが・・・・所長の表情はあくまでも真剣である。
「お前の態度を見ていれば好きなのだろうという事は明らかだが・・・本気なのか?」
(・・・なんなんだ・・コイツ。何だって急にこんな話に・・・?)
「・・・好きだぜ・・本気で。ルシ君には自分でも信じられないくらいハマってる」
ブラムは聊か腑に落ちないと思いながらもとりあえず真面目に答える。ついでに所長に
だから手ぇ出すんじゃねぇぞ≠ニいうメッセージを密かに送りながら。
「・・・流浪の民について・・・何も知らないのに本気で好き≠ゥ。ガキだな・・お前は」
ブラムの言葉を聞いた所長はさげすんだような眼差しでブラムを見据え、そんな事を言う。
(・・・・って・・・お前にだけは言われたくねぇんだけど・・)
「どういうことだよ?」
内心かなり所長を怒鳴りつけたい衝動に駆られたブラムだったが、それよりも所長の
言葉が気になり、所長の次の言葉を待った。
「・・・・流浪の民は元来唯一魔力を持ち得ない民族だ。・・・そもそも魔力というものには
感情が大きく関わっているものでな・・・・つまり魔力を持たない民族である流浪の民は
感情力が薄い。そのため、流浪の民は・・・最も強いとされる感情である恋愛感情を持ち得ないんだ」
流浪の民には恋愛感情が無い・・・それはすなわち・・・ルシフェルがブラムの抱いている感情を
理解することは無いということであり・・・。
「・・・まさか・・そんなことが有得るのか?」
衝撃のあまり暫らく何も言う事が出来なかったブラムがようやくその口を開いた。
普通に考えれば人間として当たり前の感情が唯一つだけ・・しかも民族全体に
欠落しているという事など信じられないに違いない。
「まだ証明されたわけではないんだがな。・・・学会でもかなり信憑性が高い説だとされている」
「・・・でも・・・・だとしたらルシ君のパパさんやママさんはどうなんの?」
困惑したブラムが尚もその説を否定するように食い下がり続けるも所長は眉一つ
動かすことなく淡々と答えていった。
「子孫を増やす方法は一つではないさ。嘗て・・・血塗られた民の先祖である吸血鬼も、
相手の血を吸う事で仲間を増やしていたようにな」
(・・・・うそ・・だろ・・・。ルシ君に・・恋愛感情が欠落してるなんて・・・)
ブラムは所長のどんな言葉を聞いても、やはり信じ切れずにいた。
それは一つの説として納得がいかない・・・そんな意味でもあるが、何よりもブラムは
信じたくなかったのだ。自分の感情がルシフェルに伝わる事がないのだという現実を・・・。
「思っても報われない相手を尚も本気で好きでいられるのか・・・・よく考えるべきだ・・
それだけ言っておくよ。それでは・・ゆっくり休んでくれ」
所長はそう言うと、ブラムに凍りつく様な笑みを向けて研究員寮を出て行く。
「・・・あぁ」
ブラムは振り向く事もせずにそれに答え、再び階段をのろのろと上り始めるのだった。