母の恋人である公崇と食事をすることは何度かあった。 優しいし、穏やかだし、ちょっとほんわかしているところがあるけれど責任感が無いわけではないし、 何より母とお似合いのカップルという感じがして、二人の結婚には初めから何の依存もなかった。 公崇が自分にも子供がいるのだと言って写真を見せてくれたのは確か三回目の食事会、料理の出来ない 美苑の代わりに腕を振るった優杏の料理を三人で食べている時だった。 いつも持ち歩いてるんだよ≠ネんて嬉しそうに言いながら、公崇は自分の財布から一人の綺麗な女性と 彼の三人の息子が写っている写真を取り出し、見せてくれた。 女性はもう何年も前に亡くなってしまった彼の奥さんだったらしい。それを美苑に見せてもいいのだろうかと 優杏は迷ったものだが、公崇も美苑も全く気に留めていないようだった。 写真に指を差し、公崇は自慢の息子達を次々に説明していく。親バカにも感じるほど楽しそうに、嬉しそうに。 二人は優杏よりも年上、一人は年下で、この人たちが近い将来兄弟になるんだなぁ、なんて思うと何だか緊張すら 覚えた。それぞれタイプは全くと言って良いほど違うものの、全員が際立った容姿をしていて・・・・ただの 家族写真なのに、まるで雑誌の1ページのようにも感じる。 優杏はしばらく見蕩れるようにその写真に見入ってしまった。 そしてその中でも殊更優杏の目を引いたのは金に近いような茶髪をした、なんとも派手な男だった。 別に派手だから目を引いた、と言うわけではない。単純に一目見てカッコいい人だなぁ≠ニ思った。 顔のつくりも勿論そうだが、力のある瞳が印象的で、自信に満ち溢れた笑みも彼の魅力を引き立てているように 見える。 彼は次男の覇月というらしかった。
その後も、優杏の心の中では何故か彼の姿が離れなかった。公崇の話に覇月≠ニいう言葉が出る度に胸が 高鳴っているのに気付いていた。 たった一度写真を見せてもらっただけなのに、どうしてこんなにも彼が気にかかってしまうのかは分からない。 けれど心は、既に彼に捉われていたのだ。
そんな時。 どんな用件だったかはもう忘れてしまったが、優杏は公崇の携帯に電話をしなければならないことがあった。 優杏から直接に連絡を取るのは初めてのことだったので、すごく緊張しながら番号を押したのを覚えている。 『もしもし? 』 少しばかりぶっきら棒な口調で、相手は声を発した。明らかに公崇の声ではない。間違えてしまったのかと すごく驚いて、動揺して、優杏は尋ねた。公崇さんの携帯じゃないですか? ≠ニ。 すると相手はすんなりと答えた。 『・・・・あぁ、父さんなら今洗い物してて手ぇ離せないっつーから俺が代わりに出たんだ。ちょっと待ってて』 公崇を父さん≠ニ呼んでいる。その事実に気付いた途端、優杏の心臓は跳ね上がった。 どうしてかは分からないけれど・・・直感とでも言うのだろうか・・・今の声の主が覇月なのだと、優杏には 分かることが出来たのだ。公崇が出るなり確認してみると、やはり思ったとおりだった。 電話越しにとはいえ、初めて覇月の声を聞いた。ほんの少しの時間だったけれど、会話を交わした。 その事実は自分でも信じられないくらいに嬉しくて、胸を躍らせるものだった。 良く通る低い声。初めはあまり愛想がないと思ったが、段々と彼の人柄を表すように気安さを増していった。 ほんの少しの彼の言葉が、いつまでもいつまでも耳に残って消えない。
この時既に、優杏は覇月に恋をしていた。
その後、つつがなく美苑と公崇は結婚し、優杏は須賀家の一員となった。 ずっと片想いをしていた覇月と当たり前のように顔を合わせるようになり、沢山の会話を交わすようになり・・・・ 少しずつ彼を知って、その度に余計に好きになった。優しく笑いかけてくれる彼を見る度に、想いが募った。 だけど、それを伝えようとは決して思わなかった。 弟として大事にされる・・・それで十分だと・・。 覇月が自分に気持ちを向けてくれることなんて絶対にないと思っていたから。
「ンだよ、遠慮しねーでさっさと告ってくれりゃあ俺だって・・・こう・・ウジウジ悩まないですんだっつーか・・・」 家に向かう車の中で、優杏の話を黙って聞いていた覇月は不機嫌そうに呟いた。 不機嫌そう、というよりは残念そうだとか・・・そんな感じかもしれないが。 優杏は真っ赤な顔をしながらだって・・≠ネどといい訳めいたフレーズを口にしている。先ほどからあまり目を 合わせようとしてくれないのは初めて躰を繋げた気恥ずかしさからだろう。 「んで、俺の写真はどうやって手に入れたのかなぁ? まさか写真部から買ったとか? 」 照れてる優杏が可愛くて、覇月は尚も意地悪くそんなことばかり聞き出そうとする。優杏は想像したとおり、益々頬を 染めて俯いてしまう。なぁなぁなぁ〜〜ってば≠ネどと顔を覗きこんでしつこく尋ねてみると、 今度は拗ねたような表情をしてポツリポツリと答え始める。 「雪翔さんが・・・くれたんです。僕の気持ち、いつからか分からないけど・・・気がついてたみたいで・・・」 「雪翔が? 」 思いがけない名前に覇月は目を見開いた。 優杏の気持ちに気がついていた・・・だからあんな台詞が出てくるわけか。負ける勝負はしない主義≠セなんて。 覇月は思いっきり肩を落とした。 優杏が雪翔を好きなのではないかと不安になったり、それでヤケ酒を煽ってその勢いで優杏を襲ったり・・・・ そんなこと全て、結局は雪翔に踊らされていただけなのだ。そうすると前に自分を激励してくれた雪翔の発言やら なにやらも全て計算だったような・・・そんな気もしてくる。 覇月は頭を抱え込んだ。 「あ、でも写真自体はお父さんのコレクションから拝借したって言ってました」 「・・・父さん・・」 優杏の付け加えを聞き、更に項垂れる。何かイベントがあるごとにやたらとパシャパシャ撮りたがるとは思っていたが、 まさかコレクションと銘打たれるほどまで写真を溜めていたとは・・・・。 「雪翔さん、色々相談に乗ったりとかしてくれてたんですよ? あれでも」 「アイツがねぇ・・・」 珍しい事もするものだ・・・感心する覇月。 「その代わりに僕も雪翔さんのお話色々聞いたりして・・・」 ニッコリと優杏は語る。 「雪翔の話・・・・ってまさか・・」 覇月はピクッと反応し、訝しげな顔をして見せた。 「雪翔さんの好きな人の事ですよ。勿論」 「好きな人!? 」 キッパリと答える優杏に、覇月は驚愕の声を上げる。思いっきり顔を顰め、青ざめて・・・鳥肌すら立っている。 そんな覇月を後目に、優杏はすらすらと言った。 「ずっと片想いをしてるんだ、って言ってました。ほら、電話で呼び出されたって言う相手もその人ですよ」 「・・・か、かた・・・片・・想い・・・? あの雪翔が? 」 死ぬほど似合わねぇ!!℃vわずとばかりに叫ぶ覇月。 あまりの驚きのため恐怖すら覚えた。何か天変地異でも起こりそう・・・そんな風に思ってしまった。 そのくらい信じがたい事実なのだ。雪翔が・・・あの雪翔が誰かに片想いをしているなど・・。 「うっ・・・わぁ・・・俺雪翔の顔見たら絶対ぇ笑うわ」 家が近づいてきた事を示す景色に目をやり、溜息を漏らす。優杏も困ったように苦笑した。 雪翔が片想いの相手に呼び出されたと知っていたから優杏はデート・・・いや、コンサートに行く約束を途中で 投げ出されても怒らなかったのだ。ようやく判明した事実だが、やはり素直には喜べない。 どうにもこうにも雪翔に踊らされたという感覚が抜けず・・・。 「敵わねぇんだなぁ・・・雪翔には」 ぽふっとシートに凭れ掛かり、覇月は溜息を漏らす。 「そうかも・・・ですね」 頷きつつ、優杏も苦笑する。
家に着くまでの間、二人は絶えず声を上げて笑い合っていた。 ----- FIN ----- |