「はい、覇月さん。簡単なものだけですけど・・・・? 」 炒め物と塩茹でにした枝豆、それを持って戻ってきた優杏が目を見開いた。 「さんきゅ」 覇月はへらっと笑顔を振りまく。テーブルの上には既に覇月が空にしたおびただしい数の缶たちが立ち並んでいた。 「の、飲みすぎはダメですよ? 」 困ったような顔で覇月を見つめる優杏。まったく、ちょっと目を離した隙に・・・≠ネんて母親が子供を窘める時の ようなことまで言っている。 「はいは〜い」 なおざりな返事をしつつも覇月の手は止まらない。困惑した優杏の表情が良い肴にすらなっていた。 「雪翔とのデート・・・中途半端になって残念だったな」 二つの大皿を覇月の前に置く優杏の姿を見つめながら、言い放つ。 こんな自虐的なことを言うなんてどうかしてる。早くも酔いが回って来たな、と覇月は思った。 「デートって・・・コンサートに行けなくなったのは残念でしたけど、でも仕方ないことだし」 優杏は少しばかり困ったような顔をした後で、いつも通りのほんわか笑顔を浮かべる。 いつもはそれを見ただけ癒される、大好きな笑顔なのに・・・・今日は、なんだか痛かった。痛くて、そして苛立ちすら 感じた。 「なんで仕方ねーんだよ・・・デート中に放り出されていかれたら普通もうちょい怒んねぇ? 」 無表情のまま問いかける覇月。そしてまたビールを口に運んだ。 「だから、デートって・・・」 優杏はやはり苦笑を浮かべるだけ。覇月がわざとらしくデート≠ニ繰り返すことに戸惑っているようだ。 「なぁ、楽しかったか? 」 枝豆に手を伸ばしながら尋ねる。滅多に発することの無いような恐ろしく真剣な声で。 「雪翔が電話で呼び出される前はちゃんと二人で買い物してたんだろ? どんなトコ行ったんだ? 」 皮ごと噛み付き、歯で塞き止めるようにしながら豆を取り出す。そしてそれを流し込むようにしてまた酒を煽った。 「え・・えっと、お洋服とかを主に見て・・・あの、雪翔さんが良く行くお店とかも連れて行ってもらいました」 戸惑いながらも律儀に説明してくれる優杏。柔らかく微笑んでいる、その姿に胸が痛んだ。 「あとは? 」 冷たく硬い声で更に聞き出そうとする。これ以上何を聞きたいんだろう・・・自分でも分からないのに、言葉が勝手に 口をついて出てしまう。 本当は聞きたくない。何も。雪翔とどんなデートをしたのかなんて知りたくない。それを嬉しそうに話す優杏を、これ以上 見ていたくなんてなかった。 けれど覇月の本心をよそに優杏は言葉を紡いでいく。迷いながらも、それでも微笑みながら。 「あとは・・・あ、雑貨屋さんとか。可愛いのがいっぱいあるんですよ」 「へぇ・・・」 覇月はまた新しい缶を手に取り、開けた。 「ほら、このペンダントもそこで買ったんです。雪翔さんが買ってくれて・・・」 自分の首にかけてあった可愛らしいアクセサリーを指差して言う。アメジストの石をシルバーの天使の羽が包み込んでいる ような乙女チックなデザインのそれ。悔しいくらい、優杏に良く似合っている。 「・・・嬉しかった? それ」 うわ言のように尋ねる覇月。優杏は?≠浮かべながらも、それでも素直に頷いた。 「楽しかったか? 雪翔と買い物」 今度は違う問いかけをしてみせる。頷く優杏に腹が立った。優杏にこんな質問をすれば、絶対に肯定するに決まっている。 どんなことがあっても楽しかった≠ニ言うだろう。それが優杏の性格だ。・・・分かっているはずのに、 今日はサラリと受け流す余裕が持てない。苛立ちに任せ、覇月はまた一つ空き缶を作った。 「アイツの都合で、勝手に中断されても・・・・楽しかったのか? 」 「だから、それは・・」 先ほどの話題を引き合いに出して再度確認するように問う。優杏は困ったような顔をしていた。 「デート途中で放り出されても怒んねぇんだ? 」 「だから・・」 優杏を困らせるのが好きなわけじゃない。だけど、言葉が止められなかった。 「そんなことされても笑っていられんだ? 」 「・・・覇月さん? 」 最後の一缶、梅酒を口に運びつつ尋ねると、流石に覇月の様子がおかしい事に気づいたらしい優杏が顔を覗きこんでくる。 心配そうなその表情と正面から目が合って、覇月の酔いをよりいっそう回らせた。 「そんなに、雪翔が好きか? 」 確信的な問いかけ。優杏の腕を力いっぱい掴んで、射抜くような鋭い瞳を向けた。真っ青な彼の瞳に問いかけた。 雪翔のことが好きだから、だからデートを途中で切り上げられても怒らないのか、と。 「なに・・言って・・」 優杏はただ困惑している。今まで見せたことも無いような覇月の表情に驚いているのかもしれない。 覇月を捉える空色の瞳は、なんだか不安そうに揺れていた。 「俺よりも・・・雪翔が好きなのかって聞いてんだよ! 」 怒鳴りつけ、握っていた優杏の腕を強引に引き寄せる。乱暴にその身体をソファに沈ませ、力任せに押さえ込んで 圧し掛かり、冷たい瞳で見据えた。 「・・覇月さん・・・? 」 震える声が呼びかける。怯えたその表情が、ますます覇月を煽った。 「もう・・・これ以上アイツに負けるのは嫌なんだよ」 苦々しい表情でうわ言のように呟き、優杏の首筋に顔を埋める。シャンプーの香りをいっぱいに吸い込んで、白く細い 首筋を唇で啄ばむと、優杏もそれが単なるいつものじゃれ合いではないことに気がついたらしく、慌てて抵抗を始めた。 「やっ・・・覇月さ・・・なに・・・」 「じっとしてろよ」 少しくらい暴れられたところで覇月にとっては何の威力も無い。薄いブルーのセーターを撫でるようにして手を優杏の 腰に滑らせ、ゆっくりと裾を捲くり上げる。 「ぃやっ・・・やめ・・・ゃ・・・」 素肌に触れられ優杏は見る見るうちに真っ赤になった。ジタバタと暴れ、必死に覇月を押し退けようとしている。 けれど所詮非力なもので、覇月の手は自由に動き回わることが出来た。 「こんなモン、いらねぇだろ? 」 「・・ぃやっ・・・」 指先で絡め取るようにしてペンダントの鎖を引っ張ってみせる。必死に首を横に振り、嫌だ≠ニ言う優杏の言葉など 聞き入れず、力任せに千切り、遠くへ投げた。 雪翔にだけは負けたくない。雪翔にだけは優杏を渡したくない。 頭の中にはそのことしかなくなっていた。 「・・・っ・・やだっ・・・」 「暴れんなって」 抗議の言葉のみを口にする優杏を押さえ込み、何度も首筋に唇を落とす。セーターの中に潜り込ませた手は尚も 柔らかい肌を堪能していた。 優杏の肌は想像していたものなんかよりもずっと、クセになりそうなほど触り心地が良い。怯えているのが震える身体から 伝わってきて、覇月の支配欲を煽る。甲高く響く悲愴な声が、堪らなく欲情を誘って・・・。 「優杏・・・」 荒い息とともに、愛しい者の名を囁く。ピンク色の唇に口付けようと優杏の顔を見つめた。 「・・・っ・・・ぅ・・・」 大きな瞳から涙が溢れる。幾つも幾つも。 優杏は泣いていた。 「・・・優杏・・」 覇月の手が止まる。口付けることなんて、当然出来るはずが無い。支配欲や欲情なんて、たちまちのうちに罪悪感に 変わっていった。 「・・・っ!! 」 乾いた音を立て、優杏は覇月の頬を叩く。ジワリと広がった痛みが胸を打った。いや、胸を抉られたような、そんな気がした。 「・・・ごめん」 謝罪の言葉を紡ぎ、優杏からゆっくりと身体を離す。そして力無く立ち上がり、そのまま出て行った。 後悔しても、もう遅い。優杏を傷つけた。最低なことをして。酔いすらとっくに醒めている。 頭の芯が凍ったように冷たい。優杏の怯えた表情が、いつまでも消えずに覇月を責め続けていた。
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