――ACT3  TROUBLE  DATE――

               

今日は土曜日。いつもは賑やかな須賀家の食卓も、休日の朝ともなれば違っていた。

とはいえ、別にしんみりとしているわけではない。ただテーブルを囲んでいる人数が少ないと言うだけだ。

「優杏、おかわり〜」

顔中にご飯粒をつけて、ガバッと勢いよくお茶碗を差し出したのは花眺。いつも元気な須賀家の末っ子である。

「はい、どうぞ」

慣れた手つきでご飯をよそい、ニッコリ笑顔で花眺に手渡したのは須賀家の三男・・・いや、この場合主夫といった方が

しっくり来るか・・・優杏。

そしてその様子をボンヤリと見つめているのがこの物語の主人公であり須賀家の次男、覇月である。

なぜボンヤリなのかと言えば・・・まぁ、アレだ。愛しい優杏を眩しそうに見つめているというか・・なんというか・・・。

「覇月さんはおかわりいいですか?」

こちらに向き直った優杏がふわりと微笑んだ。覇月は満足げな笑顔を返し、じゃあ一杯だけ≠ネどと自分の茶碗を差し出す。

この瞬間は覇月の楽しみの一つなのだ。まるで新婚のようだと妄想しているのはいうまでもなく・・・。

雪翔に邪魔されない優杏との時間・・・まぁ花眺はいるのだが・・・数少ない生活のオアシスとでも言ったところか。

「なぁ、お前今日何か予定あんの?」

茶碗を受け取りつつ、覇月が言う。優杏はいえ、特には何も≠ニ首を振った。

その反応に満足しつつ、覇月はあくまでも自然を装い提案する。

「じゃあ、また部活見学に来ねぇか? 今日は昼までで終わるし」

望みは一つ。雪翔に邪魔されない優杏との時間を少しでも長く

・・・望みと言うよりは下心かもしれないが・・。

「別に私服で良いし・・・な? 」

真向かいにいる優杏に手を伸ばし、その髪を撫でつつやんわりと微笑む。覇月の必殺女の子を口説く時専用スマイル≠ナある。

女の子ならば、コレで堕ちなかった相手はいない。

流石に男相手に使ったことはなかったが・・・優杏は特別。口説きたいと思っている相手であることだし。

「そうですね・・・覇月さんの部活見学するの楽しいですし」

覇月の手を擽ったそうにしながら、優杏ははにかんだ様な笑みを浮かべた。優杏はこんなときの表情が一番可愛い・・・覇月は

いつもそう思っていた。

「じゃあ決まり」

満面の笑みで、ウインクなど付け加えながら優杏の頬にツンッと触れる。その一部始終を花眺が驚愕の眼差しで見ている事など

全く持って気に留めないのだった。

                 

「お前も送ってやるから待ってろ」

朝食タイムが終わり、玄関にて。さっさと出かけようとしていた花眺を引きとめ、覇月は言った。

「うわ・・・めっずらし」

振り向きざまに怪訝な表情をされたが・・・うるせぇよ≠ニ誤魔化した。言うまでも無く、覇月は今優杏を見事誘い出す事が

出来て上機嫌なのだ。花眺を自分から送ってやると言い出すなどという奇行も、ひとえにその影響。

ちなみに当の優杏はどこにいるのかといえば・・・・いまだキッチンにて、皿洗いやら何やらの片付けをしている。

後で行きますから≠ニ何度も覇月たちに先に行くよう促していたのだが・・・覇月がこんな折角の機会をみすみす逃すわけも無く・・・。

それはもう優しい笑顔で待ってるよ≠ニ言ってのけたのだ。

「月兄ってさぁ・・・」

まじまじと目の前にいる兄の顔を見た後で、花眺が呟く。口篭ったようだったので、覇月が視線だけ移して続きを促すと、

やはり少しばかり言い辛そうにしながらボソボソと語り始めた。

「優杏と話してる時・・・・なんか・・・フェロモン全開バリバリ・・・」

「・・はぁ?」

耳まで真っ赤になりながら突如そんな事を言い出した花眺に、覇月は素っ頓狂な声を上げた。

確かに口説きモードではあるが・・・フェロモン全開≠ニ実の弟に銘打たれるほど露骨なのだろうかと驚いたのだ。

「すっげーイロオトコって感じ」

尚も湯気が出ていそうなくらいの赤面っぷりで優杏に接している時の覇月の説明をする花眺。そのあまりの照れ様に覇月も何処と無く

バツの悪い心地がするのだった。・・というより、花眺につられて照れているだけなのだが・・。

「なんだよ、俺がイイ男なのは今に始まった事じゃねーだろーが」

ピシッと花眺にデコピンを食らわし、ニッと笑う。これは優杏に見せるものとは違う、兄弟の情の表れである。

超自信過剰〜〜≠ネどと罵られたが・・・これまたうるせぇ≠ニ誤魔化した。

こんな兄弟のふれあいをすることも勿論生活のオアシスの一部。まぁ、雪翔とのふれあいは別なのだが。

「お待たせしました」

「あ、うん」

キッチンからパタパタと急いで出てきた優杏が合流したため、覇月のフェロモンについての議題はここで終わった。

咄嗟に振り返り、返事をした花眺の声は裏返っていたし、その顔も未だトマト状態だが・・・まぁ、敢えて気に留めないこととしよう。

「じゃ、行くか」

覇月の先導により、三人は玄関を出るのだった。

               

                

学校に着き、花眺と別れた二人は覇月の部活場所である武道場に向かっていた。他愛も無い雑談を交わしながら歩く・・・それが

どんなに心地良く、ホッとすることか・・・。覇月は益々上機嫌になるのだった。

「なぁ、優杏」

会話が途切れた拍子に、覇月は優杏の髪に触れる。いつも通りのその仕草に、優杏はふわりと微笑んだ。

安心しきっているといった感じである。

覇月はといえばそんな優杏の様子に満足しつつ、優しい笑顔を振りまく。優杏の一つに括られた髪に、弄ぶようにして触れながら。

「髪、もうちょい上で結んだ方が可愛くねぇか? 」

まじまじと優杏を見つめ、言った。ポニーテールの方が俺は好きだぜ≠ネどとウインク付きで続けてみると、優杏は見る見るうちに

真っ赤になっていく。普通に話しているつもりでも、やはり花眺の言うとおりのフェロモン全開¥態だったのだろうか・・・?

思いがけない優杏の反応に、覇月は聊か戸惑っていた。まぁ、それでも口説きモードは続行しているのだが・・・。

「俺がやってやろうか? 髪」

両手で優杏の頬に触れ、至近距離で飛び切りの笑顔を発する。覇月の申し出に、優杏は驚いた様子で目を見開いていた。

そしてまた恥ずかしそうに、頬を染めて遠慮がちな上目遣いでお願いします≠ネんて返事をする。

優杏の髪からゴムを抜き取り、はらはらと落ちてきた銀糸を丁寧に指でとかす。髪を解いた姿も色っぽくていい≠ネんて調子の良いことを

考えつつ、とりあえず腰を下ろすことの出来る場所へと移動した。

「お前の髪、すっげーツヤツヤしてるよな」

向かい合うようにして座り、手ぐしで髪をまとめつつ覇月はしみじみと呟く。ブリーチのし過ぎで荒れ放題の自分のものとは大違いだと

実感しているのだ。優杏の銀髪は光を浴びると、尚いっそう光り輝いてその艶を増幅させる。瞳の蒼はさながら良く晴れた空のようで、

見つめていると引き込まれてしまいそうな心地がした。

「可愛い」

無意識のうちに頬を緩ませて溜息と共にそんな言葉を呟いていた。よく聞こえなかったらしい優杏がなんですか?≠ネどと

聞き返してきたが・・・覇月はバツの悪そうに誤魔化した。

              

自分でも驚くほどに優杏という存在にハマっている。その仕草も、その声も・・全てを愛おしく感じてしまうほどに。

好きだと自覚してからは、その気持ちはもはや強まっていく一方だった。

だからこそ、時折困惑してしまう。自分といるときの彼の安心しきったような笑顔に。兄弟としての情・・・家族という意味での

彼の愛情に戸惑ってしまう。

自分の抱いている感情はもっともっと貪欲で熱い、欲望にも似た激情なのだから。

               

「よし。出来た」

きちんと整え終えた髪を満足げに撫でつつ、覇月はニッと笑顔を向けた。

「ありがとうございます。器用なんですね、覇月さんって」

優杏も柔らかく微笑む。警戒心の欠片も無いその屈託のない表情に、覇月は人知れずため息をつくのだった。

「そろそろ行くか。道場」

さ〜てとっ≠ネどと意気込みながら立ち上がり、優杏に手を差し伸べる。優杏も遠慮がちにそれを取り、立ち上がった。

触れた手が小さくて、柔らかくて・・・愛しさが募った。

その手を力任せに引き寄せて、その細い身体を思い切り抱きしめて・・・・無理やりに口付けたら、優杏は一体どんな反応を示すのかと

ほんの一瞬考えていた。

                      

                

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