翌日。 朝のHRが終わり、光希は稀のクラスへと向かっていた。・・・というのも昨日、光希はあれからずっと待っていた というのにも関わらずいっこうに稀が現れなかったからだ。待ち合わせをすっぽかされたのは初めてのこと。 だからその理由を聞くがてら自分から会いに行ってみよう、というわけだ。 稀を好きだと自覚してしまったことを告げるつもりは無い。告げてしまえばこの勝負はもう終わり、稀と共に 過ごすこともなくなってしまうから。 目的地の教室に近づくにつれ、3−Aの生徒たちが何人も教科書等を持ってすれ違っていく。どうやら1時間目は 移動教室らしい。タイミング良く遭遇出来れば≠ニ思ったのだが、残念ながら行き交う人々の中に稀の顔は 見当たらない。 光希はキョロキョロと周りを見回しながら3−Aの教室へと歩みを進めて行った。
「付き合いたいって・・・俺と? 」 扉の前に着いた瞬間、中から漏れてきた声に光希は思わず固まった。甘さを含んだような、けれど何処か 突き放したようでもある口調・・・・これは稀の声だ。 恐る恐るという風に覗いてみると、やはりそこには稀とそのクラスメイトらしき男が立っていた。 「結構ずっと狙ってたんだけどさぁ、ダメかな? 」 稀に一歩、また一歩と近づき、男は言葉を紡ぐ。 光希が判断するのも何だか妙な感じだが、その男のレベルは中の上といった感じだ。好みのキッチリ定まっている稀 の眼鏡に適うとはとてもじゃないが思えない。 光希は少しばかりホッとした。 ・・・・けれど、 「別に、ダメじゃないけど」 稀が言い放ったのはそんな台詞だった。 驚き、再度教室の中を覗き込む光希。稀は男の背に手を回し、誘うように微笑んだ。 「なんなら、今ここでシてもいいけど? 」 甘い声で囁く。男も稀に抱きつくようにしながら、そのまま机に押し倒そうとしていた。 稀が他の男と寝る・・・そう考えただけで、胸の奥が嫉妬に疼く。 二人をこのままにしてここを立ち去ることも、まして二人を見続けることも嫌だ。 感じる苛立ちのままに、光希はわざと大きな音を立てながら教室の扉を開けた。 「お前ら、何してんだよ? 」 低い声で言葉を発する。男は慌てて稀の上から飛び退き、バツの悪そうな笑みをこちらに向けた。 一方稀はといえばコレといって取り乱す様子も無く、開き直ったような無表情でゆっくりと身体を起こす。 そして溜息混じりに言い放った。 「何って・・・見てわかんないの? これからスるトコなんだけど」 露骨なその言い方に光希は更に苛立ちを募らせる。冗談っぽさを全く交えない硬い表情でその感情を露わにしていた。 「フザけんな」 「別にフザけてなんかないってば」 光希の真剣な様子に眉を顰め、笑い飛ばそうとする稀。光希はその傍らに立ち尽くしたままでいる男に視線をずらし、 冷たく言葉を吐き捨てた。 「お前いつまでいるんだ? さっさと出てけよ」 突然話を振られたことに驚いたのか、男はビクンッと大げさなほど反応を示して徐々に出口のある方へと 後ずさりしていく。 その様子を見た稀はムッとしたような表情を浮かべ、光希を睨んだ。 「何言って・・・俺は、今からそいつと・・」 「出てけ」 光希は稀の言葉を遮り、一際凄みを利かせた声で男に言い放つ。それと同時にチャイムが鳴った。授業の始まりを 示すチャイムだ。その事も手伝って、男は少しばかり稀を気にするような仕草を見せつつも素直に光希に従った。 逃げるようにして教室を出て行く。 「・・・・なんで勝手なことするわけ? 」 出て行った男の足音が聞こえなくなったのを確認してから、不機嫌そうに稀が呟いた。 「お前こそ何やってんだよ? お前があんなヤツ相手にするわけないだろ」 机に座ったままでいる稀を見つめ、光希もまた苦々しく言葉を返す。 断言されたことが不服なのか、単に余計なお世話だ≠ニ思っているのか稀は益々眉を顰めてこちらを睨んだ。 「・・・そんなこと、アンタに言われる筋合いない」 稀の冷たい瞳に捉えられ、光希の胸は少しばかり痛む。 けれどここで引き下がるわけにもいかないため、必死に硬い表情を作って言葉を紡いだ。 「じゃあ質問変えるわ。お前、なに他のヤツと寝ようとしてんだ? 」 「それこそアンタには関係ない」 切ない想いを込めた真摯な問いにも、稀は断固とした口調で言い捨てる。 関係ない=E・・その言葉が嫌味なほどに胸に響いた。もっと言うなら単純に・・・ショックだった。 「関係なくなんかない。俺らは今勝負中だ」 言葉の端々が震えている気すらする。 稀を好きだと自覚したばかりだというのに、こんなあからさまにミャクの無さをアピールされるのは流石の光希でも 辛いのだ。いや、今まで振られたことなど無い光希だから尚更、と言ったほうが正しいか・・・。 そんな光希の心境を全く知らず、稀は尚も冷たい言葉を綴った。 「・・・・勝負中だから何? そうだよ、たかが勝負してるだけの相手のクセに・・・恋人面しないでよ」 「・・それは・・・」 思わず口篭る光希。 発せられる言葉一つ一つが、それはもう見事なほどにグサリと突き刺さった思いがした。 「自分だって同じことしてたじゃん・・・自分は他のヤツと寝ても良いのに俺はダメなわけ? 馬鹿じゃないの」 俯く光希に歩み寄り、稀は苦々しく呟く。思いがけないその言葉に、光希は思わず素っ頓狂な声を上げた。 「・・・はぁ? 俺が一体いつ・・」 「昨日! 生徒会室に後輩連れ込んでた。如何にも告白中です≠チて感じの雰囲気醸し出してた。あの子と 寝たんだろ? 」 眉を顰める光希の台詞を遮り、稀がガミガミと言う。 昨日といえば、確かに生徒会室で後輩に告白された。それを稀が見ていたと言うのだろうか? もしかして。 しかもキッパリと断ったのにも関わらず、稀は凄まじく誤解している・・・。 光希はげんなりしながら口を開いた。 「バカ、アレは・・・」 「勝負中だから関係ある≠ネんて言うんなら、もう勝負なんか止める。もう光希とは寝ない! 」 けれど稀は全く聞こうとはしない。噛み付くように怒鳴りつけるばかりだ。 勝負を止めればもう稀の傍にいられない・・・・咄嗟にそう思い、光希は慌てた。稀の腕を掴み、必死な表情で 食い下がる。 「勝手なこと言うなよ! 勝負はまだ・・」 「勝負なんかとっくについてるんだよ、バカ!! 」 光希に握られた手を力任せに振り回し、一際大きな声で怒鳴る稀。息すら切らして・・・そしてよくよく見れば、 その目には涙が滲んでいる。 「・・・稀・・? 」 驚き、顔を覗きこんでみると稀は慌てて背を向けようとした。けれど光希がしっかりと腕を掴んでいる所為でそれも 出来ず・・・。ついには堪えられずにボロボロと泣き始めてしまった。 「笑いたいなら笑えば良いだろ? こんな情けないの・・・バカみたい」 小さな子供のように泣きじゃくる、稀のこんな表情を見るのは初めてだ。 光希は戸惑いを覚えていた。 勝負はついている・・・・信じられない稀の言葉が頭の中で反芻される。 掴んでいた腕を引き寄せ、光希は稀をすっぽりと抱きすくめた。 稀の言うとおり、勝負はとっくについていたのだ。 「引き分けだ、バカ稀」 悔しいような嬉しいような、不思議な感覚に包まれながら光希は言った。 「・・・え・・? 」 「だから、引き分け。ってゆーか・・・痛み分け? 」 恐る恐るという風に顔を上げる稀に、照れくさそうに同じ台詞を繰り返す光希。 自分達はとっくに両思いだったのだと・・・ようやく気付いた。 「・・・もっと早く言ってよ、バカ光希」 光希の背にぎゅっとしがみ付いて、稀はポツリと呟く。 いつもの余裕ぶった誘い方よりも今の方が何だかずっとそそられた。
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