「トクサ、待てと言ってるだろう!! 」 室内に入るなり、アサギはトクサの袖をガシッと掴んでもう一怒鳴りする。 それによってそこにいた職員達全員の視線が一気にこちらへと注がれてしまったが・・・・アサギにはそんなことを 気にしていられるような余裕はない。 というより、実は職員達の方もまた始まった≠ニでも言いたげにニヤニヤと笑っているだけだったりする。 彼らにとっての仕事帰りのトクサを説教するアサギ≠ニいうこの構図は正にいつもの事≠ワたは 見慣れた風景≠ナしかないのだ。そしてそんなアサギの言葉を全てあっけらかんと受け流すトクサ≠烽ワた然り。 「聞いてるのかトクサ!? 」 ヘラヘラと笑っているトクサに苛立ちを募らせるアサギ。トクサはやはりあっけらかんとしたその姿勢を崩さない。 「まぁまぁまぁまぁ、ほら今月の成績張り出されてっから見てみようぜ」 そんな事を言いながら成績表が張り出されているらしい室内の一番奥の壁を指差した。そしてそのままそっちへと 歩き出してしまったため、アサギも渋々ながらについて行く。人垣を掻き分け壁の目の前までたどり着く頃には 皆自分の仕事に向かったのか、沢山いたはずの職員達がスッカリ消え失せていた。 ふと気が付き、周りを見渡してみればトクサと二人きり・・・・納得いかないこの状況に不機嫌そうな表情を 浮かべつつ、アサギは今月の成績≠ニ書かれた張り紙を見上げた。 「今回も・・・・・悪いなぁ、勝たせてもらっちゃって」 一つ飛びぬけた棒グラフを指差してトクサが笑う。嫌味臭く言いながら。 その棒グラフのすぐ下にはトクサ≠ニ書かれているのだ。ちなみにその隣り、ガクンと下がった実に平均的な値を 表しているグラフの下にはアサギ≠ニ書かれている。同期なのにも関わらず、実力の差は明らか≠ニでも 言ったところか・・・。 ちなみにこの成績というのは眠らせることの出来たターゲットの数によって決まる。つまりはより多くのターゲットを 眠らせることの出来た者が成績優秀者というわけ。 人間を眠らせるには睡魔が自分でオリジナルの空間を作り、決められた時間内ずっとその中に引き込んでおく必要がある。 それをするには相当な力を使わなければならないのため、普通のやり方でやれば消耗も激しいし失敗も多い。 けれどトクサの場合は違うのだ。正攻法は一切使わず、自分の空間に引っ張りこんでターゲットに 手を出しまくる・・・・・そんな彼の趣味を活かしたやり方。ハッキリ言えばふざけているし、一応仮にも 仕事中なのだからターゲットと情交に耽るなんて不謹慎にもほどがある。・・・・けれど、成功率は百パーセントなのだ。 しかも力もさして使わずに済むため、かなり効率的であるとも言える。 だからこそトクサは睡魔課ナンバーワンの実績の持ち主であり、あんな仕事法であっても誰にも文句を言われない。 いや・・・アサギ以外の誰にも、だが。 「一晩くれれば、俺の仕事の仕方を教えてやってもいいぜ? アサギちゃん」 アサギの髪をサラリと撫で、トクサが得意げ且ついやらしい口調で囁く。アサギはすぐさまトクサの手を払いのけ、 ジロリと睨んで言い放った。 「教えてもらう必要なんか全くない。私はお前の仕事を認めないと言っただろう」 「ホンット頭硬ぇよな、お前は」 はたかれた手を摩りつつ、トクサは溜息をつく。そしてまたもいつもの人を小ばかにしたような笑みを浮かべ、 口を開いた。 「そんなだから成績も上がんないんだぜ〜? 大事なのは柔軟性、そして何より自分自身が楽しむこと♪ 」 小さい子供に言い聞かせるようにしてアサギの頭をポンポンッと叩くトクサ。 アサギは益々苛立ちを募らせた。 「仕事とプライベートの区別も付かないようなヤツにそんな説教をされる覚えはない!! 」 噛み付くように怒鳴り返し、プイッとトクサに背を向ける。そしてドカドカと足音を立てて部屋を出て行った。 「そりゃあまた、おカタいことで」 後ろからトクサの憎まれ口が聞こえてきたが・・・それには扉を乱暴に閉めることで答えた。 別にトクサの不真面目さなんて無視しておけばいい。同期だからといって仕事のやり方に口出しする必要なんて全くない。 なのに、放っておけない自分がいることが悔しかった。それが単にアサギが生真面目な性格だからだという理由だけでは ないのだと分かっているから余計に。 同期で反則的なやり方ではあっても仕事が出来て、口が悪くて妙に自信家、しかも真面目さの欠片もない、全身性欲で 出来ているようなフザけた男・・・・それがアサギからみたトクサだ。 大嫌いで、とにかく気に食わなくて仕方がない相手。それなのにどうしても無視することが出来ない悔しい存在。 この感情の意味を考える度に、アサギは苛立ちを募らせる。考えるのが嫌になる。 けれども結局はいつもただ一つの結論にしか至らないのだ。 「・・・なんであんなヤツを・・」 深々とした溜息を漏らし、アサギはポツリと呟いた。 何であんなヤツを好きになってしまったのだろう=E・・それは自分の中に常にある疑問だ。 そして更に言うなれば、頭の中を渦巻いているのは先ほどのトクサの台詞。 『一晩くれれば俺の仕事の仕方を教えてやってもいいぜ? アサギちゃん』 冗談にしろ本気にしろ、トクサというのはそういう男なのだ。好きになってしまった自分が悪い。堕ちてしまった自分が 大馬鹿。 それが分かっているからこそ、アサギの苦悩は続くのだった。
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