2月の八ヶ岳中山尾根
中山尾根は八ヶ岳の冬季バリエーション(最早、そう言えないくらいポピュラーらしい)ルートだが、私はこれまで登る機会を何度も逸してきていた。今回、大阪労山99中級冬の登山学校が八ヶ岳へ入るのに便乗して、トレースを試みることにした。相方は勿論、妻の薫さんだ。
我が所帯が二人一緒に入山するときは、家族で山に行くときよりも多大なエネルギーを必要とする。それはもっぱら妻にかかる負担の話だが、私も少なからず、精神的な負担を担っている、と言わせてもらいたいくらい今回はナーバスになっていた。話が長くなってはいけないので、それは今度ビールでも飲むときに語ることとして、遠足に行く前夜の小学生時代の様な心持ちではなかった、とだけ言っておこう。
2/11/金/上部曇り、下部晴れ
八ヶ岳は2年前の夏、家族で訪れたきり。その時は美濃戸口に車を止めたが、今回は赤岳山荘の広い駐車場まで乗り入れた。夜明けを待って、残す2時間を快適に歩き、テント場の最下部に大阪労山99中級冬山登山学校の大テント(通称・モスラ、10人用)を設営した。
しばし休憩の後、中級のメンバーと分かれて中山尾根方面へ向かう。今日の目標は石尊稜だ。ルート図どおり中山尾根の急な登りが始まるところから左のルンゼ状へ入る。所々雪崩の後があり、上部の方にクラウン(切断面)がスッパリと綺麗に残っている。面発生乾雪表層雪崩の典型的なケースだ。そのデブリをやり過ごした安定地点で弱層テストを試みたが、顕著な弱層はそこでは検出できなかった。また、石尊稜へ入る右岸からの二つ目のルンゼも検出?できず、辿り着いたところは中山峠の2m手前であった。ここから再び石尊へ向かう勇気もなく、そのまま中山尾根の偵察に向かうことにした。樹林帯を一時間ほど登って向こう側の谷が見えるところで足跡が消え、風が強くなり、何よりも展望が利かず不快なので登攀をここであきらめた。
2/12/土/晴れ
今日は混むだろうからテントをゆっくりと出て、正午くらいまでに取り付けたらいいわい、と思っていたが、三叉峰ルンゼへ行く中級の熱気に火をつけられて、一緒に起きて同時に起つこととなった。後ろから忍び寄るような感覚の足音を気にしながら、取り付きの順番待ちが一パーティでも下がらないように急いで登る昨日と同じ道。取り付き点手前の森林限界に辿り着くとすでに3〜4パーティ、10人ほどが順番待ちの状態であった。ここでおよそ2時間ほど待たされる。前に京都の3人パーティ、後は東京の2人パーティ(登攀中に薫さんが仕入れた情報により、この人達は『登山時報』の田中氏と同じ会の方たちとわかった)。
下部岩壁の雪の付着状況はおそらく例年よりも少ないのだろう。概ね露出した岩を掴みながらの登攀となる。手入れの行き届かない丸刃アイゼン(ずぼらを自慢してはいけませんね)もそこそこ利いてくれるが、やはり置くだけで刺さる刃のアイゼンが欲しい(このことは翌日、裏同心ルンゼ下部を登攀してさらに強く思った)。
先行は皆、オープンブック状のスラブを越えていったが、左の草付きをうかがう。雪付きが悪く同じくスラブにルートを取る。OM君は、中山尾根はフレンズはいらないよ、と言っていたが積雪の状況で違うのだろう。ここには1本欲しいな、と思っていたら綺麗なハーケンが目にはいる。よしよし、これで健やかな心で登れる。
枯れ木色のハイマツで確保し、薫さんを呼ぶ。景色も天気も申し分なし。やはり雪稜、岩稜の登攀はこうでなくては..。
続く雪混じりの岩稜は薫さんにトップを行ってもらう。上部岩壁まで大概の人たちはコンティニュアス、又はアンザイレンせずに行くようだが、私たちはそのまま、薫さんがランニングビレーを取りながら45mを伸ばしたら私も確保を解いて、ランニングを回収しながらアンザイレンして歩く。
上部岩壁は日当たり良く、蓼科山、北アルプス、白山、阿弥陀岳、南アルプス、赤岳とパノラマが展開される取り付きからの眺めも、また良好である。1時間ほど待って順番が来る。下部のガリー状からハング下の段まで登り、プロテクションを3本ほど取ってから乗っ越す。歩きにくい稜側をこなすと小さなダケカンバの稜線に出た。先行が確保しているのでまたもや枯れ木色のハイマツに確保を取る。
残り岩稜2ピッチ。少しハングしたリッジを乗っ越すと鶏冠状岩稜の下、一般的な終了点に出た。
鶏冠の下をトラバースすると風の当たらない日当たりのよいところになっている。南南東の方向に富士が浮かんでいる。バックにして写真を2枚撮る。富士の影は薄いからバカチョンカメラには写らないかもしれない。
行動食を採って下降にかかる。地蔵尾根の分岐では地蔵さんがいつものように寒風に吹かれて西の方を眺めておわす。安全快適登攀をありがとう。薫さんと二人で手を合わせて拝む。鶏冠の下には東京の二人パーティが着いたようだ。地蔵さんから行者小屋まで30分、快適な下りだった。
記:YMCC・川原
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