水流に足を取られてボッチャンコ
霞む岩 不完全燃焼の霧流れ

雨の穂高屏風岩救助隊交流
とき: 1999年6月18日〜20日
ところ: 北アルプス穂高・屏風岩
目的: 大阪労山救助隊交流、屏風岩登攀と周辺縦走
参加者:
(登攀の部)
 ●東壁雲稜ルート=谷関等、内田裕子、岩本美佐子
 ●東稜ルート=中川好治、日野慶三
(縦走の部)
 ● 燕〜大天井〜常念〜蝶〜横尾=生信良明

18日(金)
 7:40ごろ大阪梅田の阪急バス待合所に集合。8:00発松本バスセンター行に乗車。こういう交通で松本へ行くのは初めて。
 バスの中では早速、庄司明さんからの差し入れ、伊賀の銘酒をいただく。バスが走りはじめて間もなく、雨が降り出した。
 バスに乗車したのは先発隊として、18日中に横尾に入り、十分睡眠をとって登攀にのぞむという意図があった。登攀は谷関隊(谷関、内田、岩本)と中川隊(中川、日野)の5名、縦走は中房温泉から常念、蝶の生信の1名、計6名がバスに乗った。日野さんは車に弱いとのことで一番前、その他の5名は最後部座席で楽しい宴会とあいなったのであります。
 車中に初老の外人夫妻あり、ご主人の方がセルフサービスのお茶を入れに後部へ見えたが、お茶の出し方が分からないらしい。そこに、興味深い生信さんがチョコマカ親切な手助けをなさる。しかし、その方、スペイン語らしく、英語も分からないらしい。パラグアイから来たとのこと。

 バスは途中2回(多賀、阿智)休憩し、松本には13:30到着。相変わらず降りしきる雨、雨、雨……。
 生信さんとはここで別れ、次はタクシーで上高地へ。途中コンビニで弁当を買い、満々と水をたたえた奈川渡ダムを過ぎ、中ノ湯跡の湯煙を望むあたりから梓川の水流の多さを感じる。釜トンを出たところの堰堤を茶色の濁流が落ちるのはすごさがある。大正池にさしかかり、運転手いわく。
「昨日、ここが流されました」
 なるほど、大正池の堰堤が決壊し、今も濁流が流れ続けている。
 上高地15:00着。バス待合所で弁当休憩。雨でもここは観光客で賑わっている。
 さあ、今日は夕暮れまでに横尾に行こう。傘をさして重い荷物を担ぐ。道は水溜りだらけ。明神、徳沢と休憩し横尾に向かう。昨日の嵐のせいか、ナナカマドの若い枝や太いウバユリの茎が千切れて、道に散らばる。梓川は濁流で、ところどころ道がえぐられ、小屋の車も通行できない。横尾の手前では1箇所崖崩れあり、乗越えて行く。

 今年も来てしまったか、穂高・屏風岩へ。横尾に重いザックを下ろして雨でかすむ屏風岩を望む。先客のテントは3張りほどあり。雨の中、われわれもテント設営。そして再び宴会。
 この6人用テントは少々水漏れあり。マメな谷関さんがせっせとフライシートを引っ張る小細工をしたり、溝を掘ったり。岩本さんはマメに酒のアテを作ったり。谷関さんのドクダミ酒はほんのり特有の臭いが残り、おもしろい。岩本さんは「ラムネ飲む?」とおっしゃるので、なにかと思えばジンをラムネらしき容器に入れていらっしゃる。
「これなら、酒飲みとは思われないでしょ」と。
 内田さんは、中級登山学校の、始まりの頃のことを思い出しておっしゃる。鬼殺しの酒カップに水を入れて持っていたら、どこからか非難の声が聞こえてくる。
「あれほど酒は禁止や、といっといたのに。あの娘、どこのこや?」
「あれ、YMの娘や」
「ふーん、そうか」で納得のような雰囲気が漂ったそうな。
 日野さんは濡れて寒く、テント泊はつらいとのことで、小屋にお泊りになる。また、彼は酒が飲めないので、酒飲み相手もつらかろうとも思う。あとの仲間たちはひとしきり飲んで話して、明日を考え、就寝。
 一応、午前3:30晴れたら起床、4:30スタートの予定。雨なら待機とする。

19日(土)
 雨、雨。明るくなった5:00ごろ起きる。適当に朝食をとり、天候の回復を期待して、待つ。雨はときどき強く降ったり、霧雨のようになったり、を繰り返す。天気の様子を見守っている間、マメな谷関さんはタープを張る。彼は身軽く50cm上の枝に跳びつき、木登りしてビニール紐をセット。快適な広い空間ができあがり、その下に雨漏りするテントを移動。こいつはすごい。
 ピンクのタープについて谷関、
「これ、青穂で買ったんや。青穂のオヤジ、これしかないから買わんやろ、という。いや、買った、と答える」
「そんなん、いわれたらマケてもらったらいいのに」とは岩本さん。
 後発隊はいつごろ来るだろうか。5:30上高地なら、早い人なら8:00には到着するだろう。しかし、8:30に至っても、だれも来ない。雨だから、ゆっくり来るだろう。
 雨は少し、小降りになったので、「これぐらいなら登れる」と判断し、8:30スタート。横尾の橋を渡りつつ見る川の水、すごい濁流。はたして横尾谷をうまく徒渉できるやろか、少し不安がよぎる。いきなり樹林帯の小道は川となり、ジャボジャボ歩く。なるべく下流で渡りきろう、と徒渉開始。谷関、棒を持って渡り始め、引き返す。
「ちょっときついな」といいつつ、やっぱりここしかないか、といってヒザ上の急流をうまく渡る。中川はヒザに自信がないが、これぐらいならいけるやろ、と慎重に渡るが、対岸ちょっとのところで足が流され転倒。態勢を立て直そうとしたら両足が流され、首まで浸かる。しかし、どうしたはずみか、運良く立ち直り、無事対岸へ。下手したら濁流渦巻く梓川へさようなら、というところだった。
 谷関さんが「ズリアシ、ズリアシ!」と注意を喚起し、みんな上手に渡りきる。中川はジャボンと浸かったものの思ったより多くは濡れなかった。やれやれ、第1関門通過。次のT4尾根の1ピッチが第2関門、それをクリアしたら屏風岩は成功やと思う。

 雨がやや強くなったか。寒いので日野さんは「カッパを着る」とおっしゃる。ところが、ザックを引っくり返して探すものの雨具は出てこない。
「カッパを忘れてきたようだ」とのこと。雨の登攀、雨のビバーク、カッパなしでは致命的や。装備の点検をしなかった中川の責任でもある。出直しやと、日野、中川は一旦、ベースへ帰ることとする。谷関隊は出発。
 中川、日野は再び不安定な徒渉を無事切り抜けて横尾道へ。日野さんは、ケチがついたから今回の登攀は諦める、またの機会にチャレンジするとおっしゃる。
「天の神様が今回は止めとけとおっしゃったんだろう」と冷静にお話になる。
 そうですね。またのチャンスにトライしましょう。
 やわらかいフキ、アシタバと同類のアマニュウ、亜高山帯に生息する香り高い独活・ミヤマウドあるいは、味噌汁の具に最適なカラマツソウ等、豊富な山菜をじっくり観察する。

 ベースではビールやワインを買い出し、ゆっくりいただく。日野さんは、酒類はダメなので気の毒だが、しばらく酒飲みの相手をしていただく。そればかりは多分つらいので、日野さんは屏風岩を見てくるとおっしゃって無線を携帯し、一人で出発。中川は独り酒を飲む。ときどき谷関パーティ間の行動のやりとりが聞こえてくる。ちなみに少し紹介しておく。

14:04 内田「やっと、とれたァ」
14:15 内田「ごめんなァ」
15:01 谷関「内田さん、聞こえますか」
    内田「岩本さん、登ります」
    谷関「了解」
15:08 谷関「内田さんのところに岩本さんが着いたら教えてください」
    内田「了解」
15:09 内田「岩本さん、ザイルアップお願いします」
    谷関「了解」
――  内田「岩本さん、私のところまで来ました」
――  谷関「岩本さんのピンクのザイルを着けてください」
――  内田「岩本さんのビレイ解除ですか」
――  谷関「ビレイは解除しません。ピンクのザイルをつなぐんです。これで通常の確保です」
――  内田「内田、登ります」

 これはT4尾根の登攀かと思っていたが、後に聞けば、上部岩壁雲稜ルートの2ピッチめのこと、大変こみいったことをやっているようですね。Uさんがトップで登ったが、もう少しのところで詰まってしまい、Tさんが彼女の位置を越えて登り、Tさんが2人を確保するときの情景のようです。
 日野さんは15:30ごろベースにお帰りになり、いわく。
「涸沢まで行ってきました」
 屏風岩もよく見えたし、谷関パーティも確認できたとのこと。
16:15 谷関「カッパ着ていますか」
――  内田「はい、着ています」
――  谷関「メインほどかないでください」
 彼らは雨の中、やがて、扇岩テラスに到着しビバーク。

 ベースでは日野、中川が広い空間のテントで寂しく過ごす。後続の仲間たちはどなたもお見えにならなかった。川原さんは「雨の予報だったら行かないよ」とおっしゃっていたから、多分早めに中止決定されただろう。しかし、他の会の仲間たちはどうなさっただろう。
 夜中も雨はときどき大降りになったりした。扇岩テラスの谷関パーティは多分ずぶ濡れで寒さにふるえているだろうと心配する。

20日(日)
 うるさく鳴くホトトギスの声に早くから起こされる。

 5:00から行動を開始するとした扇岩テラスの谷関隊は「濡れているし、どうも条件がよくないので下降します」との連絡が入る。
 しばらくして、「気持ちが変わったので、登ることにします」とのこと。扇岩テラスからの人工ピッチを登り始める。ところがバンドの確保点あたりは水流の集まるところで、これはたまらん、ということで登攀中止を決定。蒼稜ルートの懸垂下降ということになったようだ。
 登攀意欲を持ってトレーニングを重ね、今回の山行に望んだ日野さんは、残念ながら下部岩壁に触れることもなく、敗退ということになったが、登らないと決めたら早く帰宅し、溜まった家事をしなければならないとのことで、みんなと一緒に帰れないことに一抹の残念感を抱きつつ、8:00下山なさる。

 青空が屏風岩とその向こうの南岳からキレットあたりの空に広がり始める。これは晴天のきざし。うれしいが、1日遅かった。
 土手に上がりハダシで開放感に浸る。ケショウヤナギがそよ風に揺れ、シジュウガラが飛び交う。きれいなキセキレイが河原の小石をチョコチョコと飛び移り、小さな虫を食べる。アリンコが足を噛む。痛いな、ここのアリはよくかむな。キジバトがテント場を歩き回り、人間の残りものをついばむ。

 10:20大きく空いっぱいに青空が広がった。濡れたものがたちまち乾いていく。

 11:00前、谷関パーティ3名が無事帰着。お疲れ様、ご苦労様。
「水は大分ひいていたよ」と谷関。内田さんは可愛いマツオウジを1本採っている。ほのかな樹脂臭がいい。日野さんが先帰りなさったことを、みな寂しがる。
 谷関さんの缶ビールでイノチの乾杯をし、しばらく濡れ物を乾かし、昼食。
「キノコ大丈夫かしら、腐ってないかしら」
 内田さんは残ったマッシュルームやベーコンやらを出し、食器で水炊きを作る。マメな谷関さんもシャカシャカいろいろな食材を出す。また、マメな岩本さんも行動食でシャカシャカ。

 内田さんは今日中に帰りたいとのことで、12:30出発。
 あとは生信さんの縦走を待つのみ。予定では14:30横尾到着ということだが、昨日の雨ゆえ、いつごろになるだろうか。とりあえず、緊急連絡先の小島友利子さんへ中間報告をしておこう。
 横尾小屋の電話はカードのみ使用可。電話には直接友利子さんがおでになり、連絡すれば意外な情報あり。生信さんは18日(金)交通遮断で中房温泉に入れず、登山中止されたとのこと。(後に聞けば、先生は翌日まで待ち、19日上高地へ入ろうかと思案されたようだが、雨やまず、帰阪された。)
 そうか、それでは待つ理由はなし。今日帰ろうか、ということになり、上高地17:30のバスということで、14:00すべて撤収して横尾を去る。

 さわやかな風、前穂高と輝く又白の残雪が夏の到来を示す。谷関隊は完登こそできなかったものの、がんばった、やりきったという満足感にあふれている。わが気持ちは不完全燃焼で落ち着かない。60歳定年を間近に控え、心の片隅には「もう君の心踊る青春は去ったよ」との悪魔のささやきがあるけれど、きっとまた、燃える日があるだろうことを祈る。

 梓川の水色も濁りを消し、透明で深いグリーンを取り戻してきた。燃えいづる柔らかいみどりが眼にやさしい。たった30kgのザックが重い。6人用テントを当たり前に担いだ遠い昔が懐かしい。
 気持ちがマイナーになっていくなか、ただ一つ、心やすらぐことがあった。それは岩本美佐子さんのひとことだった。
「この時期、毎年、中川さんたちが屏風岩へ来られるわけが判りましたわ。なんて静かで落ち着いた雰囲気でしょう」と。彼女は5月の春山もこの地、大変な混雑だったらしい。もう1ヵ月もすれば夏山本番、さらにすごい人々の群で騒々しくなる。6月は雨もあるけど、そこそこ晴れもある。いままで屏風岩は雨で敗退より、完登の方がはるかに多い。少々の雨も悪くはない。新緑に心が洗われる。

 救助隊交流と銘打って催した恒例行事だったが、隊の運営委員でもない者がいささか旗を振り回し過ぎたのではないかと反省する。今回の山行は、隊の運営委員は1名もいなく、単にYMCCの4名と安治川山の会1名の合同山行に過ぎない。すでに隊の世代は順調に若い世代に引き継がれて来ている。そのことをうれしく思い、屏風岩交流山行は、救助隊にとっては軽いツケタシに過ぎないことだろうから、今後は名誉ある救助隊の名前を傷つけることなく、会の例会にとどめることとしたい。
               1999年6月21日     中川好治

メモ: 阪急高速バス 大阪梅田〜松本バスセンター 5,710円
    JR 松本〜大阪(特急しなの・新幹線)  9,800円?
    タクシー 松本〜上高地5人 15,650円(@3,150円)
         帰途は    3人で@3,000円
信州名鉄交通 0263-27-4444 ジャンボタクシー(9名)もあり。予約をどうぞ。
    幕営(横尾) 1人1泊 500円
    横尾小屋 缶ビール・ロング缶 700円
         ワイン700ML 1,500円、1,800円


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