’95.6月びょうぶ岩
フォーク・クライマー初登はん

  Where did you go last mondey ? Business ?
6月21日水曜日、英語の先生が私にそういって聞きました。
そこで私は何とか下手な英語を使って先生とこんな話をしました。

私 : I went rock climbing to BYOUBU rock of Mt.HODAKA.
先生:  OH! Rock climbing.
    Yes. It was a crazy and joyful climbing.
先生: Why were you crazy climbing ?
    I climbed the rock with my guitar and then i played the guitar under the rock on top of the rock.
先生: OH!! It's very crazy !!
  : I'm not a ROCK CLIMBER,Not a ROCK SINGER,And not a FOLK SINGER.

        I'm a FOLK CLIMBER

先生: OH!! I see . You had a nice day.
   (以上、和歌山なまりのむちゃくちゃな英語でした。)

 そうです。おそらく私はびょうぶ岩にギターを持ち込んだ初めてのクライマーではないでしょうか。おそらく大半の人は、なんてしょうもない無意味なことするんやろあほらし、と思うでしょう。しかし私はそうは思っていません。
 なぜなら第一に遊びは楽しくなくてはいけません。
 人の生活は大きく分けて、仕事・家事・道楽に分類されると思います。その中で最も楽しくあるものはもちろん道楽(遊び)でしょう。遊びの目的は金儲けのためでもなければ、日々の生活をこなすことでもありません。遊びの第一の目的はやはり楽しくすごすためにあるのは明らかでしょう。

  それでは "楽しい" とか "楽しかった" とはどんな時に感じるのでしょう。
 ここでは私のYMCCでの山行に限って考えてみます。

 第一に、「心がなごんだ時」。

 例えば、重いザックを下ろした足元で可憐な花を見つけた時。山頂に立って連なる山々を眺め大地の広さを感じたとき。息を切らし登った蝶が岳のテント場で、目の前に追いかけっこする山兎とオコジョがとんで出てきた時。仰ぎ見たオーバーハングの空に岩燕が飛び交っているのを見て自分も自然界の一員なんだなと感じた時。ビバークの夜、焼き豚の袋に顔を突っ込むオコジョに出会った時。等など。

  第二に、「目的を達成した時、あるいは困難を打開し目的を達成した時」。

 例えば、過去に登れなかったハイレベルのピッチが登れたとき。雪崩や滑落の危険を回避し山頂に立った時。ルート開拓をした時。残業をしながらでも大岩壁の登はんをなし終えた時。冷水に打たれながらもルートを自分で切り開き滝を登り切った時。渓流で大岩魚を釣り上げた時。等など。

 第三に、「おいしいものをよばれた時」。

 例えば、岩登りの後、咽にしみいるビールをよばれた時。西又ベースの合宿で岩魚や山菜をよばれた時。縦走で休憩の時ザックの中に穴のあいたエビスビールを見つけ飲まざるをえなかった時、嬉しいような悲しいような・・・。シシタケをみつけキノコ大宴会をした時。等など。

 大別すれば、以上の様な山行内容を通じて仲間と心がかよいあった時が、「ああ楽しかった!」と、感じるのではないでしょうか。

  どうです?。ギターを持っての岩登り。どう考えても登る前から楽しい事請け合いじゃあないでしょうか。

 と言う、わけで

その山行を以下に紹介しようと思います。

  あれは昨年の納山祭だったでしょうか、それともミーティングの後の酒の席だったでしょうか、誰かが言いました。
 「今年のびょうぶは ”ギターを持った渡り鳥” じゃあなくて、 ”ギターを持ったクライイマー” しようや」
「そりゃあええなあ、1ピッチ登ったら、  タララランタタン・タララランタ・タタータ・タッタッタッタタン・赤い夕日をー背えにいーうー受けて・・・なんて、いいやないの」
「ワッハッハ」
「そりゃあええで」
とまあ、こんな具合だったか。
  次の日はすっかり酒がさめ、・昨日あほなこと言うとったなあ、ちょっと飲み過ぎたかな・。と思ったりもしました。

 そして救助隊の20周年記念のセレモニーのひとつとして、ギター持っていこう。と、中川さんや川原さんがお膳立てをしてくれ、「ほんじゃあまあ、やってみようか」。と、またまた酒の席での話が実行されることとなりました。(こんなふうに我が会では、酒の席で企画立案され決定される事がかなり多いのです。)

  ま、こんな訳で6/17日、9人を乗せたワンボックスタクシーは早朝の上高地に着いたのでした。  初めてのびょうぶの時は、できるだけ早く取り付こうとタクシーを降りた後いちもくさんに横尾へ急いだものでしたが、今日はゆっくり。上高地から横尾まで2時間、なんてやめにして3時間弱かけて横尾まで、ゆっくり明神の岩峰を見たり山菜を観賞したりして、じっくりと自然を味わいながら歩いたのでした。

  横尾で登はん準備をする途中、中川さんはカゼで調子が悪く登はんメンバーから外れる事となりました。それで栄田・奥野パーティーに豊中の庄司さんが入ってくれる事となり、私は当初の予定どうり川原さんと二人のパーティーとなりました。

 銀マットに包んだギターは、さらに防水のためにゴミ袋で包み手に持つことに。ザックにはギター宴会のためにロング缶とチュウハイ缶一本、水2リッター、2300曲の歌本とYMCC虫の歌集、その他衣類、食糧、登はん具、コンロ等を押し込めました。

  さあこれからT4尾根取り付きまでが1ピッチ。横尾から少し歩いて涸沢に出会った所でちょうど倒木を見つけました。1ルンゼ押しだしまでかなり遠いけれども、右岸づたいに何とかいけるだろうと渡ることにしました。倒木の枝に手下げのギターが引っかかるが、手渡しでなんとか右岸へ、それからはわりと早く1ルンゼ押し出しに着きました。
 が、ここで右岸にパンツを出した兄ちゃんが寒そうにズボンをはこうとしており、又左岩では何人かが渡るのに躊躇していのでした。
 やはり最初の読みが良かったと、急いで・お先に・と、取り付きに急ぐことにしました。おかげでここでかなり体力を消耗してしう事になったのと、T4尾根の400m程下から雪渓が残っていた事によって、運動靴の私らはさらに体力と時間を消耗してしまいました。
 ところがあのパンツのパーティーは登山靴にピッケルで雪渓をすいすい直進してくるではないですか。

 登はん具を出して代わりにギターをザックに詰めるが、担いでみるとかなりこたえる。おまけに取り付きの恐いこと。ピンもなくビビル。頭には ・ほらみてみい、変なもん持っていくから落ちたんや、情けない・。と、かあちゃんの声が浮かぶ。
 いかん!!、おちつかなくちゃ・。
 一息入れた後、右手の雪渓に五本のフィンガーバイルを駆使し、何とかヒヤヒヤで取り付き5mを登りました。・ああ恐かった・。
 ギターを担いでの登はんは、あらかじめ仁川で練習したのですが、首の短い亀の様でどうも上が見づらいのでつらい。

 T4に着き、壁を見上げると右の東壁ルンゼを三人のパーティーが登はん中で丁度ハングを越した所でした。早いパーティーだ、いつ取り着いたのだろう。 上部からの落石に注意しながらコンテでT2へ。
 ここで景気付けにギターを出して一曲、無線機で二人の歌をとばす。
「 今日の出発点は猿倉で  今日の終着点は五竜岳 ・・」。(うちのお父さんの替え歌、ちんた:作)

  さあ登はん開始。ここは何年か前、小島さんにさそわれて登ったルートで当時私にとっては本ちゃん2回目のルート。しかし今日のパートナーは、川原さんと背中のギターなのでした。

  1ピッチ目
 前回、ピンが抜けていてトラバースした所はボルトが打たれ難なく登る。

 2ピッチ目
左のリスに打たれたハーケンから左上ぎみに40mいっぱい。
 ここにもフリー化の波が押し寄せ、「どないして打ったの?」と思うペツルのボルトがいっぱい。「いいかげんにしてよ」と言いたくなる。フリークライミングは好きだけど・・・。

 3ピッチ目
 フリーの、くの字ルートで大きなテラスに着くはずが、なんとあのしっかりしたくつろげるテラスは跡形もない。仕方なく不安定なレッジに立ってのビレーになりました。しかし右の方には大岩がかろうじてへばり着いている。壁との間にはクラックが入っており、いつ落ちてもおかしくはない状態でした。そこは丁度2ピッチ目ルートの真上で、今にして考えるとぞっとしました。

 4、5ピッチ目
 垂直の壁を抜けた後ハーケンの多い人工+フリーでピナクルテラスへ。
 一ルンゼの登りで疲れたのか、この頃からかなりしんどくなってきました。やはり、日頃ろくに練習もしないで急に本ちゃん来たのがたたったのか。しかしギターのせいにはしたくないので、『楽しみも時にはしんどいものなんだ。』と、気を取り直しビレーしながら行動食と水を口に放り込みながら休憩しました。
 後から考えると『ここで一曲やったらよかったなあ』。と思うけれど、しかしその時はそんな気にはなれなかった。そう言えば学生の頃の事を思いだした。マラソンの後、『なぜ、あの時もうちょっと頑張らなかったのか、しんどかっただろうけどほんの少し頑張れば勝てたのに』。みがってなもので一日もたてばしんどかった時の事はもう忘れてしまっているのです。

 6ピッチ目
 さあ最終ピッチです。ピナクルの上に立って、細く硬いリスに打たれたほとんど入ってないハーケンに身を預け体をずり上げる。
 右のカンテに回り込んだあと上部のブッシュに突っ込む。40mいっぱい。ここではまだザイルを解けないので左の岩に回り込み1ピッチ登り、さらに1ピッチ登ることにより、中央カンテ終了点からの尾根にでました。

 一息入れた後びょうぶの頭へ急ぐ。
 しかし疲れきった私の足は片足だけでは伸び上がれず、もう片足のせて両足で伸び上がる始末。こんな短いルートでなんと情けないと、嘆きながら歩きました。
 今年はほんとうに雪が多い、何度も雪渓を歩き40分程でびょうぶの頭に着きました。

 さあ!! 扇岩テラスでは奥野さん・庄司さん・栄田さんが、大テラスでは佐藤さん・中島さんが、横尾本部では中川さん・小畑さんが眠らずに待ってくれている。早速ザックからギターを取り出し本日のセレモニーが始まった。
 始めに救助隊長の川原さんから、今回の登はんの目的である救助隊20周年記念の挨拶と、救助隊結成後山でなくなった3人のために黙祷1分の指示があった。
 金田さんが生きていたなら、きっとこの山行に参加していっしょに歌ってくれただろうにと、くやしい思いがしました。

 その後は気を取り直して、”おとうさんの歌””よばれよの歌””それから中島さんのリクエストで”穂高よさらば”を電波を通じて歌い合いあいました。しかしまだ明日の登はんがあるので、とりあえず今日の所はこれで休むことにしました。
 急いでビバークの仕度。もう周りは薄暗く、雪のびっしり着いた穂高連峰を頂とした涸沢カールの底には小屋の明りがついた。そして空には次々と大きな星が光始めました。

  

  6/18日、夜はやはり寒く、ツエルトから出た足を何度も引っ込めながらうつらうつら。
 2時頃だったか暖を取るためツエルトとから顔を出すと、外は月明りで夕方の様に明るかった。おまけに月に負けまいと星は宝石の様に輝いていました。

 本日、雲稜隊と鵬翔隊は4時半行動開始、我々はもう一眠りした後6時前に起き出し、本日帰阪すると言う小畑さんのために一曲歌う事にしました。小畑さんが選曲に迷っているうちに、登はん中の中島さんから”穂高よさらば”のリクエスト。本部と頭とで交代しながら1番から4番まで歌いました。
  雲稜隊と鵬翔隊には「今日も1日安全に頑張ってください」。と激励し、私達も頭を後にしたのでした。

 最低コルまでの尾根に残った雪渓は堅くて運動靴では滑るので、赤ガレの下りを心配したが朝のわりには思ったよりやわらかかった。
 最初は気と木の枝を使いながら恐る恐る下ったのですが、缶ビールアイゼンがペンダントになりさがった頃は足もなれ雪渓を走り下ったのでした。
 そして3時間後の9時半頃ベースへ着くと、中川さんが冷たいビールで出迎えてくれ本当においしくよばれました。

 その後はゆっくり穂高の初夏を味わい、夕方には雲稜、鵬翔隊を迎え大宴会へと入っていったのでした。私達以外に一張りあったテントの人に「今何時と思ってるのか」と叱られる11時頃まで、”四畳半””貝殻節””ロック数え唄””谷川小唄””残業クライマー”酒と涙と男と女””なごり雪””ガイコツの歌””神田川””妹” 等など、歌いまくったのでした。 

 今こうして作文していても、『なんでびょうぶの頭でもっと好きな歌たくさんやらんかったんやろう、なんで宴会の途中で眠ってしまったんだろう、もっと歌いたかったのに』、と思う。
 きっとこんなふうに後から思うことこそが楽しかった証にちがいないと思う。

               ’95.7/2  日曜日の自宅にて、YMCC:谷関 等


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