| ’95.6月びょうぶ岩 フォーク・クライマー初登はん |
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Where did you go last mondey ? Business ? 私 : I went rock climbing to BYOUBU rock of Mt.HODAKA. I'm a FOLK CLIMBER 先生: OH!! I see . You had a nice day. そうです。おそらく私はびょうぶ岩にギターを持ち込んだ初めてのクライマーではないでしょうか。おそらく大半の人は、なんてしょうもない無意味なことするんやろあほらし、と思うでしょう。しかし私はそうは思っていません。 それでは "楽しい" とか "楽しかった" とはどんな時に感じるのでしょう。 第一に、「心がなごんだ時」。 例えば、重いザックを下ろした足元で可憐な花を見つけた時。山頂に立って連なる山々を眺め大地の広さを感じたとき。息を切らし登った蝶が岳のテント場で、目の前に追いかけっこする山兎とオコジョがとんで出てきた時。仰ぎ見たオーバーハングの空に岩燕が飛び交っているのを見て自分も自然界の一員なんだなと感じた時。ビバークの夜、焼き豚の袋に顔を突っ込むオコジョに出会った時。等など。 第二に、「目的を達成した時、あるいは困難を打開し目的を達成した時」。 例えば、過去に登れなかったハイレベルのピッチが登れたとき。雪崩や滑落の危険を回避し山頂に立った時。ルート開拓をした時。残業をしながらでも大岩壁の登はんをなし終えた時。冷水に打たれながらもルートを自分で切り開き滝を登り切った時。渓流で大岩魚を釣り上げた時。等など。 第三に、「おいしいものをよばれた時」。 例えば、岩登りの後、咽にしみいるビールをよばれた時。西又ベースの合宿で岩魚や山菜をよばれた時。縦走で休憩の時ザックの中に穴のあいたエビスビールを見つけ飲まざるをえなかった時、嬉しいような悲しいような・・・。シシタケをみつけキノコ大宴会をした時。等など。 大別すれば、以上の様な山行内容を通じて仲間と心がかよいあった時が、「ああ楽しかった!」と、感じるのではないでしょうか。 どうです?。ギターを持っての岩登り。どう考えても登る前から楽しい事請け合いじゃあないでしょうか。 と言う、わけで その山行を以下に紹介しようと思います。 あれは昨年の納山祭だったでしょうか、それともミーティングの後の酒の席だったでしょうか、誰かが言いました。 そして救助隊の20周年記念のセレモニーのひとつとして、ギター持っていこう。と、中川さんや川原さんがお膳立てをしてくれ、「ほんじゃあまあ、やってみようか」。と、またまた酒の席での話が実行されることとなりました。(こんなふうに我が会では、酒の席で企画立案され決定される事がかなり多いのです。) ま、こんな訳で6/17日、9人を乗せたワンボックスタクシーは早朝の上高地に着いたのでした。 初めてのびょうぶの時は、できるだけ早く取り付こうとタクシーを降りた後いちもくさんに横尾へ急いだものでしたが、今日はゆっくり。上高地から横尾まで2時間、なんてやめにして3時間弱かけて横尾まで、ゆっくり明神の岩峰を見たり山菜を観賞したりして、じっくりと自然を味わいながら歩いたのでした。 横尾で登はん準備をする途中、中川さんはカゼで調子が悪く登はんメンバーから外れる事となりました。それで栄田・奥野パーティーに豊中の庄司さんが入ってくれる事となり、私は当初の予定どうり川原さんと二人のパーティーとなりました。 銀マットに包んだギターは、さらに防水のためにゴミ袋で包み手に持つことに。ザックにはギター宴会のためにロング缶とチュウハイ缶一本、水2リッター、2300曲の歌本とYMCC虫の歌集、その他衣類、食糧、登はん具、コンロ等を押し込めました。 さあこれからT4尾根取り付きまでが1ピッチ。横尾から少し歩いて涸沢に出会った所でちょうど倒木を見つけました。1ルンゼ押しだしまでかなり遠いけれども、右岸づたいに何とかいけるだろうと渡ることにしました。倒木の枝に手下げのギターが引っかかるが、手渡しでなんとか右岸へ、それからはわりと早く1ルンゼ押し出しに着きました。 登はん具を出して代わりにギターをザックに詰めるが、担いでみるとかなりこたえる。おまけに取り付きの恐いこと。ピンもなくビビル。頭には ・ほらみてみい、変なもん持っていくから落ちたんや、情けない・。と、かあちゃんの声が浮かぶ。 T4に着き、壁を見上げると右の東壁ルンゼを三人のパーティーが登はん中で丁度ハングを越した所でした。早いパーティーだ、いつ取り着いたのだろう。 上部からの落石に注意しながらコンテでT2へ。 さあ登はん開始。ここは何年か前、小島さんにさそわれて登ったルートで当時私にとっては本ちゃん2回目のルート。しかし今日のパートナーは、川原さんと背中のギターなのでした。 1ピッチ目 2ピッチ目 3ピッチ目 4、5ピッチ目 6ピッチ目 一息入れた後びょうぶの頭へ急ぐ。 さあ!! 扇岩テラスでは奥野さん・庄司さん・栄田さんが、大テラスでは佐藤さん・中島さんが、横尾本部では中川さん・小畑さんが眠らずに待ってくれている。早速ザックからギターを取り出し本日のセレモニーが始まった。 その後は気を取り直して、”おとうさんの歌””よばれよの歌””それから中島さんのリクエストで”穂高よさらば”を電波を通じて歌い合いあいました。しかしまだ明日の登はんがあるので、とりあえず今日の所はこれで休むことにしました。
6/18日、夜はやはり寒く、ツエルトから出た足を何度も引っ込めながらうつらうつら。 本日、雲稜隊と鵬翔隊は4時半行動開始、我々はもう一眠りした後6時前に起き出し、本日帰阪すると言う小畑さんのために一曲歌う事にしました。小畑さんが選曲に迷っているうちに、登はん中の中島さんから”穂高よさらば”のリクエスト。本部と頭とで交代しながら1番から4番まで歌いました。 最低コルまでの尾根に残った雪渓は堅くて運動靴では滑るので、赤ガレの下りを心配したが朝のわりには思ったよりやわらかかった。 その後はゆっくり穂高の初夏を味わい、夕方には雲稜、鵬翔隊を迎え大宴会へと入っていったのでした。私達以外に一張りあったテントの人に「今何時と思ってるのか」と叱られる11時頃まで、”四畳半””貝殻節””ロック数え唄””谷川小唄””残業クライマー”酒と涙と男と女””なごり雪””ガイコツの歌””神田川””妹” 等など、歌いまくったのでした。 今こうして作文していても、『なんでびょうぶの頭でもっと好きな歌たくさんやらんかったんやろう、なんで宴会の途中で眠ってしまったんだろう、もっと歌いたかったのに』、と思う。 ’95.7/2 日曜日の自宅にて、YMCC:谷関 等 |
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