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美濃の低山ハイク と き: 1999年7月24日(土) |
| 美濃市にある古城山という山は、天文年間(1532〜1555)佐藤六左衛門清信が築城、上有知城とか城と呼ばれたそうだ。城は四方釣り壁で、釣り壁の釣り縄をナタで断ち切り、壁を断崖に落として防御する造りだったという。その昔、七尾山といっていたのが鉈尾山になまったともいわれている。
さて、岐阜駅で美濃市へどう行ったらいいか、少々迷う。名鉄美濃町線の駅で問えば、ここから通じているという。それならばと、乗車するが、なんとそれは岐阜の市街地をゆっくり走るチンチン電車だった。冷房もなくのんびり電車、いまごろこんな電車がまだ走っているのか、感心する。終点で長良川鉄道に乗り換え、はじめからこれを利用した方がなんぼか早かったが。1駅で美濃市駅。 駅前に多分コンビニか売店があるだろうと、昼食の用意なくでかけてきたが、なんもない。タクシーの運転手に問えば、町のはずれに1件コンビニがあるという。やむなくそこへ寄ってもらい、弁当や缶ビール等を仕入れ、その足で登山口の美濃市運動公園へ。 ここには総合グラウンドやプールなど、たくさんのスポーツ施設がある。人口の少ない小さな町にこれほどの施設があるとは驚く。 山に向かい小道を入っていけば、中学生がランニング訓練中。2人づつ池を1周する全力疾走。生徒30人ぐらいで先生は1人、向こうから「こんにちは」のあいさつ。ご苦労様。 古城山を南から北に越えるコースを選ぶ。陽射しがきつく、暑い。道端には伸びきったワラビが多い。少々やわらかい部分をいただく。東の展望がいい場所にアズマ屋あり、そこで昼食にしようと妻がいうが、もう少しがんばろうと登る。西の長良川の展望がよいところで昼食休憩。 それから、もうひと登りで古城山頂上。「史跡鉈尾山佐藤六左衛門城址」と刻まれた石柱の文字は一部削り取られ、ペンキで佐藤の文字あり。本丸跡に今羽化したばかりのキアゲハが羽をわずかに震わせている。なんと美しいことか。 運動公園に下り、駅まで歩く。途中酒屋を探すがまったくなし。勿論駅にもなし。こんなところは知らんな。 ![]() (1999年8月10日 中川好治) |
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