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JR武田尾駅10:00集合としていたが、それはバスが10:18発を予定していたため。ところが、バスは日曜ダイヤで9:58発だという。
「えっ、岸さんがまだや」
「いや、岸さんは来てたで。いまトイレじゃないか」
「そんなら、バスが出るからと、呼んでこよう」
いやはや、バタバタとした武田尾駅前風景。木下さんは風邪を引いているから、時間までに来なければ、今日は無理なんやろ」というような判断をした。(予定の時間には、なっていないのに)12人の参加者である。
阪急田園バスは僧川沿いを上って、玉瀬を通って西谷支所前で下車、350円。大川さんにこの辺の概念の説明を受ける。ここから、しばらく進んでから田んぼ道へ入る。
柿ノ木もタラノ木もまだ裸なり
とりあえず大川畑に荷物を置いてから、周辺の山菜摘みに歩こう、ということになる。大川さんの畑はタラの木の柵で囲まれ、その木々は2mを超えるものもあり、いつの間にか大きくなった。タラの芽はまだ1〜2cmで摘み取るまでに至らない。大川さんいわく、
「この間、立ち飲み屋でいっぱいやっているとき、ある男が“これ、てんぷら揚げてくれ”と出したのが筆の先ほどのタラノメ。他人に採られる前に採るんや、といっていた」
まことに困った人やな。そんなことをしていると、やがて自然の恵みを台無しにしてしまい、自分の首をも絞めてしまうのに。
このあたり、山菜が豊富。おいしそうなコウゾリナ、タンポポ、ヨメナの仲間(ノコンギク等)、ノゲシ、シロツメクサ、セリ、ハコベ、ツクシ、カラシナ、その他いろいろ。新鮮ですばらしい山菜で満ちあふれている。
山菜を採って白雲青い空
このあたりの部落の方々が、今日は共同作業で溝の掃除。ちょっと休憩なさっていて、あいさつをすれば、山菜は川の向こうにたくさんあるだとか、そこにはツクシが多いだとか、いろいろアドバイスいただく。普通、よそ者が自分たちの領域へ入って山菜採りをすることを毛嫌いするものだが、えらく親切に対応なさって、こちらが恐縮してしまう。
阿弥陀寺へお参りをし、まずは大川さんが鐘を衝く。「ゴーン…」、いい音色だ。続いて中川も鐘を衝く。
「ゴーーン…ン…」
余韻がすごい。
住職の奥さんが「まあ、お茶を入れますから」とおっしゃるが、遠慮する。住職も畑仕事から帰ってきて、今度はトラ箱の花の手入れ。エビネをたくさん採ってトラ箱で栽培なさっている。その葉っぱを全部切り取り裸にしてしまう。やがて、新しい葉っぱがでてくるらしい。なんか、残酷な気がする。
この寺にはタラヨウという珍しい樹木がある。別名はハガキの木といい、葉っぱに文字を書くことができる。遥か昔、和紙は貴重品だから、この葉を紙代わりに利用し、写経したり手紙にしたりした歴史があるらしい。このタラヨウの大木、直径1mはあるだろうが、樹上の枝葉には元気がない。寺の改築で部部分的に根が切られ、勢力を失ったようだ。これでは数年で死ぬかもしれない。
水をもらって、大川畑へ帰る。
結構たくさんの山菜を収穫し、早速料理が始まる。庄司さんにはてんぷらをやっていただき、森本さんには湯がいてポン酢ゴマ和えを作っていただく。養生シートの上では、みなさんでツクシのはかま取り。
たっぷりと山菜料理をよばれ、新人の安東さんがいらっしゃるので自己紹介。
木津さんと木葉さんに風流な野点をふるまっていただき、心安らぐひとときを過ごす。快晴、気温急上昇、一気に夏を迎えた西谷で、涼しい木陰が欲しいと思う贅沢な欲望。
岸さんの焼酎も浴びるほどよばれ、ついに帰途、どのようなルートをたどったか、どなたと一緒に歩いたか、まったく記憶にありません。いろいろご迷惑をおかけしたように思います。その件については申し訳ありません。でも、大変気持ちのよい一日だったと思います。ありがとうございました。
(中川好治)
たらようの葉に書きしる記す西谷のうた詩
西谷の
大川畑に
めだか棲む
木津美代子
せり摘みて
幼き思い出
母の声
中川惇子
たらの芽
早しタラヨウ多し
詠み人知らず
せりを摘む
その手に春の
日差し温かし
詠み人知らず
嵐過ぎ春日来たりて
大川の畑に集いて
心浮き立つ
森本孝司
たらの芽は
いまだ恥ずかし
けりの鳴く
木葉陽之助
柿の木も
たらの木もまだ
裸なり
中川好治
あらし去り
のどかな田園
うぐいす鳴く
中川惇子
土手踏みし
ちょっとこいの呼ぶ
せり菜摘み
詠み人知らず
嵐去り
山菜摘みに
たわむれる
日野慶三
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