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天保の柿泥棒 其の四 大川弘光 |
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他(ほか)に女渡世人是(これ)あり。元は大坂天満の出なるも、故(ゆえ)あって、阿倍野から今里、流れ着いたは生駒の暗峠(くらがりとうげ)、飯盛(めしもり)女(宿場女郎)として働いていたが、例の一味が、生駒山麓で、キジを撃ったり、メジロを捕ったり、自然(じねん)薯(じょ)を掘りまくるうちに、知り合った。すでに女盛りは過ぎた歳(とし)なれど、色香未だ衰えず、この里の百姓女とは較(くら)べようもなし。常にその襟(えり)元からは、その豊かな乳がこぼれ出ていて、男の欲情そそることこの上なし。長い黒髪は紅白の水引で結(ゆ)わえ、ゆさゆさと右に左に揺れ動くなり。かくなる女、稀(ま)れにみる怖がりなり。ヘビ、ミミズ、大の天敵なり。と、ある日、キャアー≠ニ絹を引き裂く悲鳴に一里四方の村人、何事やならん=Aと駆けつけると、三寸ばかりの色鮮やかな青虫が栗の木に這っておった。足の無きもの、怖いと申す也。それならば、百足(むかで)、蛙の類(たぐい)は如何(いか)ばかりか。これら生きもの、なべて怖いと申す。それでは、何故(なにゆえ)、山へ来る、里に来た。村人には理解しがたき者であった。女は下駄を履いていた。珍しき事。庄屋どんでも寄合いに出かける時ぐらい。われら、普段は裸足(はだし)で済しおり候。カラン、コロンと下駄を鳴らしながら、女は村の路地から路地へと徘徊(はいかい)し、時には軒先の井戸水を汲み上げて飲み候。カラン、コロンと下駄の響きを聞きつけると、女房、童たちは、悲鳴女が来た≠ニいち早く家に駆け込み、戸をピタリと閉めて、 「早よ、去(い)ね、あっちへ去(い)ね」 と急(せ)き立て候。入れ替わりに男どもは、木戸からそっと抜け出し、用事ができた、とか云って、路地をすり抜け、女が佇(たたず)む地蔵ノ辻へ向うのであった。われらとて、誰にはばかることのない独り身故、云い訳などいらぬが、田の抜け水を固めねば、と己に云いつゝ、地蔵ノ辻へ急ぐのであった。女は何が珍しいのか、沙羅双樹(さらそうじゅ)の木をずっと見上げている。男どもは、女の双の胸に吸い寄せられて動くこと叶(かな)わず。秋の日は短かく、女の影は長く伸びて、カラスが寝ぐらへ急ぎ候。 |
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かような次第で、不逞(ふてい)の輩(やから)の所業許し難く、村三役、即(すなわ)ち、庄屋、年寄、百姓代、それに与之介も呼ばれ、協議つかまつり候。 一、 御奉行様に処罰を訴え出るか、 二、村の掟に従い、村にて刑に処するか、 三、 御奉行様の助けを借りて被害の償いをさせるか、 何れか選ぶ事、相成(あいな)り候。村では往古(おうこ)(昔)より掟(おきて)あり。即ち、勝手に山の木を伐(き)ったり、許しなく草場の草を刈ったり、ましてや、放火、盗み、間男(まおとこ)はご法度(はっと)也。村からの放逐(ほうちく)、又は村八分(葬礼など除き全村その家と付き合わない)、に処せられ候。ごく軽い掟破りは、山上の一本松に連れ行き、荒縄で縛(しば)り上げ、三日三晩放置される。件(くだん)の曲者(くせもの)、この刑に処せられ候事必定(ひつじょう)なり。しかし、思うに一味の者、いずれも、うらなり顔の蚊トンボの如し、とても一晩と、もつまい。と、見受け候。はなはだ心もとなき衆生なり。 そもそも、この一本松は、われら、幼き頃よりお仕置(しお)きの松≠ニ呼び、誰知らぬものなし。左に悪石(あくせき)山、右に雲湧(くもわき)山、その中ほどのカール状のガレ場の頂きに生える黒松也。そこへ至る道は唯一つ、われら、ピナクルと名付けし岩峰に縄を掛け、よじ登るしか御座(ござ)なく候。夏なお涼しく、丹波の山波より吹き抜ける風は、年中止むことなし。風の通り道にて候。わずか二千尺(六〇〇メートル)の里山なれど、道普請(ふしん)の思案なく今日にいたり候。一時は村人寄り合い、頂上に風車を組み立て、粉引小屋を建てるべし、と話が持ち上ったが、その後、立ち消えとなり申した。今もってお仕置きの松≠ニ呼ばれ、村人は近づかない。山に入るには一つの谷川を渡らねばならぬが、そこにかゝる橋をのろう橋≠ニ、われら、呼び候。 |
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