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天保の柿泥棒 其の弐 大川弘光 |
| 乍恐(おそれながら)口上(こうじょう) 御願(おんねがい)奉申上(もうしあげたてまつり)候(そうろう) 去る天保六未(ひつじの)年、当村、大原野村は二年越しの大旱魃(かんばつ)に見舞われ、稲穂実らず、麦、豆、粟(あわ)など収量及ばず、栗、柿にいたるまで、不作に候。村民等しく困窮(こんきゅう)致し候、村民の窮状筆舌(ひつぜつ)し難(がた)く村三役より改めて別紙訴えがある由、聞き及び候、われら、所有の下田(げでん)(やせた田んぼ)新田(しんでん)(山野の開墾(かいこん)した田んぼ)も実らず、青刈りに致し候、栗、粟、柿もまれにみる不作で、その上、後なる事情も重なり、年貢(ねんぐ)(税金)に格別のご配慮いただきたく、 御奉行様の広大なる御慈悲を賜(たまわ)ればこの上ない仕合(しあわ)せに存じ候(そうろう)。 凶作重なれば世上不穏(ふおん)となり申し、伝聞によれば、大坂では大塩の一味が世直しの旗を上げるとか、村内でも囁(ささや)く者あり。この上暮し立たずばわれら百姓、鍬(くわ)投げ捨て、他国へ逃散(ちょうさん)すべし、と、煽(あお)る者も出る始末、悪い事情重なり、われら、村内の乱れ正すべく、怖れながら口上(こうじょう)つかまつり候。 他(ほか)にもあらず、年貢米を蓄えし蔵に、闇夜(やみよ)にまぎれて何者かが忍込(しのびこ)み、米をごっそり盗み候。その後、味をしめたか、賊はわれらの警戒の網をくぐり抜け、米、粟(あわ)、稗(ひえ)、干し栗、干し柿にいたるまで、手当り次第の盗み、われら村民、困惑(こんわく)この上なし。その上、ひったくり≠ニか申す新手(あらて)の追い剥(は)ぎまで出没する始末、もっとも、われら、金子(きんす)に縁(えん)なき衆(しゅう)故(ゆえ)、その心配御座無(な)く候。これら悪党野放しはよろしからず、一時も早く、厳(きび)しく詮議(せんぎ)致されたく、急度(きっと)、 御奉行様の御威光示されたく、御願い申し上げ候。 次に申し上げたき事、手形も持たず、他国より無断で村に出入りし、品なき振舞(ふるま)いをする不逞(ふてい)の男女一統に御座候。 即ち、われら、積年の発心(ほっしん)(信仰心)果すべく、去る未(ひつじの)年、縁あって「太田庄(おおたのしょう)三十三処(しょ)札所(ふだしょ)順礼(じゅんれい)」を思い立ち、春と秋、即ち、田植えを終りし後と。稲の刈りいれ一段落の後、われら、安堵(あんど)して二度にわたり巡拝に参ったので御座候。 ところが、われら、村を出立後、入れ替わるが如く見慣れぬ輩(やから)、村を徘徊(はいかい)するようになり申した。一統は群を組み、山野を渡り歩き、畿内(きない)(京都周辺五箇国。山城・大和・河内・和泉・摂津)はおろか、遙(はる)か、美濃(みの)、信濃(しなの)まで、まるでしし≠フ如く、音に聞く山窩(さんか)=i山、河を転々と移動し、独自の生活をする自然人)の如し。村人の聞きにし話によると、冬は遠く薩摩(さつま)辺りまで移動し、いもショウチュウ≠ネるものを呑み、沼の大うなぎを獲り、菜の花を頭(こうべ)にかざして歌い狂うのだと。不逞(ふてい)の輩(やから)、正体ははなはだ掴み難(がた)く、 御奉行様の御取調べ待つしか御座無く候。 |
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| さて、口上(こうじょう)の趣(おもむき)、即ち、われら、春順礼の折(おり)、かの一統許しなく、われらの土地に入り込み、芽吹き始めたタラの新芽を欠き取り、かきとり、丸坊主に致し候。申すまでもなく、タラは糖尿の病いの大事な生薬(しょうやく)に御座候。一統は折りからの雨の中、ムシロを立て、ゴザを敷き、火を焚(た)き、味噌をぬったタラの芽を、こんがり、こんがり焼きて、酒を飲み、大声を放(はな)ち、わいのM(えむ)はシーシーじゃー≠ニか吐(ぬ)かして辺りかまわず放尿したと、目撃した村人は申し立て候。(MとはMARAの頭文字、梵語、魔羅、転じて・・・) |
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