立ち読み毎日
No・4 不定期刊 
発行者:立飲み毎日のひらひらさん

 勝手に、立ち読み毎日を発行しています。・・・・・・無料です。
 今回は、ウザク の話。おちょくり口調が多少混じります。マスターはじめその他関係者各位、お許しください。

ウザク
 酒・毎日のマスターが、土用丑の日の前日・当日は親戚だか友人の店だかで出張包丁人としてウナギをさばくと話したことがあります。(マスターはある意味では、この文章の発行者側でもありますから、おっしゃったなんて敬語表現はいたしません。)食べ物には、旬というおいしい時期があることになっています。夏の土用にウナギを食べる効用は貝原益軒が言ったとか、平賀玄内だったと思いますがウナギ屋のもとめに応じてつくったキャッチコピーだという説があるようですが、私はウナギには旬がないと思っています。異論のある方がいらっしゃるでしょうが、申し訳ございませんが無視いたします。キュウリには本来、旬があった筈ですが、今では通年野菜と、なり果てておしまいにおなりあそばしまして、旬がありません。現在のキュウリに旬というものが無いことついては異論をとなえる方は少ないと思います。(夏の太陽を十分に受けた露地物のキュウリに塩パラリでかぶりつきたいのに、今年はほとんど食べてないぞぉ。)
 酒・毎日では、旬のないウナギのザク切りと、旬がなくなったキュウリの塩もみを合わせ、酢で食べる一品をウザクという名で季節を問わず提供してくれます。私も好きなので、注文しますが、タダでなく勘定を取られるのだけは、やっぱり嫌いです。ウナギをザク切りにしたキュウリもみだからウザクというのかなと思っていましたが、ザクはザクザクの略でキュウリもみの意味のようです。
 Y氏がウザクを注文された時、ハンスケについて、面白い話を聞かせてくれました。ハンスケ・半助は、ウナギの蒲焼の頭の部分そのものか、それを豆腐と一緒に煮るという料理の名前です。Y氏は、山登りが趣味で、夏の「山は木ィ」やでぇとか、紅葉・黄葉を始めた秋の「山は黄ィ」やでぇ、とおっしゃいそうな常連のあの方です。本名では、差し支えがあるかも知れないのでY氏と表現させていただきました。
 ハンスケは関西だからできる。ウナギの蒲焼きの作り方は江戸と大阪では違う。大阪は、ウナギを開いて頭があるままタレをつけて焼く。その後、頭を残して切って身ィだけ使ってウナ丼なりウナ重にする。関東では、最初はタレをつけず一旦白焼きにして、頭を落としからタレをつけて焼くから、頭にはタレがついてない。だから関東の蒲焼ではハンスケが出来ない。
 Y氏がおっしゃったのは、たしかこんな話だったと思います。同じウナギの蒲焼でも関東と関西では、背開き・腹開きの違い、最初からタレをつけて焼くか・焼いてからタレをつけて焼き直すかの違いがある事は、テレビや雑誌のグルメ気取り番組や食通誇り記事で、まあ大体誰でも知っていますが、半助豆腐にまで言及した話はその時が始めてで、非常におもしろいと思いました。
 Y氏がどこからこの話を仕入れたのだろうか、また御自身で気付いたとしたら、いつ・どんな場面でと、詮索好きの私は気になるのですが、私同様気になる方は、立飲み毎日でY氏と思われる方にお尋ね下さい。ほんの少しだけ、Y氏のヒントは書きておきました。でもY氏に、嫌がられてどつかれても、私は一切責任を持ちませんので、あしからずご了承ください。

 「大阪ことば事典」(牧村史陽編、講談社学術文庫)の、ザクザクとハンスケの項を書き出します。ザクザクの項には、実はほほえましいのですが実際に口にするのがちょっと気恥ずかしい言葉もあります。でも一応そのまま転載します。(転載により著者から著作権侵害で訴えられたらどうしよう、とちょっと心配になって来ましたが、本の宣伝をしているのですよと、開き直ることにします。)

ザクザク(名) 胡瓜のザクザクなどという。きゅうりもみのこと。ザクザクはそれを刻む音である。
『大寄噺の尻馬』(天保)に、
「若い尼御たちが寄り合うて、こっそり話に、ホンニわしらが身の上はつまらぬものぢゃ、しかし仏に成るには辛抱が大事ぢゃ、いったい男の前のものは、どんな形の物であらうと云へば、一人の尼御が云ひけるは、わしも見た事はないけれど、とんとひねた胡瓜の様な物ぢゃげな、始めてたべた時は、うづいてざくざくして、ひょっとすると前を怪我すると聞いたと話しければ、皆々、そんなら胡瓜はちんぼの形、めったに食うては悪かろうと笑うて、この話はまづやめになりけるが、その後、一人の尼御、檀家の方へ用事あってゆかれしが、折ふし昼飯時ゆゑ尼御へも飯ハン出しければ、尼御、膳に向ひ、皿に盛ってある菜サイを見て、コリャ申し、何でござりますと尋ねければ、檀家の女房、ハイ、それは胡瓜のざくざくでござります、御好きなれば沢山に召しませと云へば、尼御、心に先の話を思ひだし、正直に取ってお皿を膳の外へ出して、イエイエ、たべたら戒が破れます」
これは、胡瓜のザクザクと、前の話のザクザクとを一緒にしてしまったおかしさである。
ハンスケ【半助】(名) うなぎの蒲焼の頭だけを集めて一山いくらでうなぎ屋の店頭に売っていて、これをハンスケといった。うなぎ屋の表には、「ハンスケあります」と書いた紙札がよく出ていたものである。一円を円助といったのに対して、その半分の五十銭は半助である。一円・半円を擬人化して助を付けたもので、不良者仲間の間でオンナのことをスケという(女を反対にナオンといい、ナオと略し、助をつけてナオスケといい、さらに上半が略されてスケとなった)のと同じ類であろう。
 一説によると、明治時代に、さるうなぎ屋の料理人がアルバイトにうなぎの頭を五十銭で売ったところから、これを半助というようになったとあるが、当時の五十銭は大金であって、たかが蒲焼の残りの頭ばかりを五十銭というのでは少し高すぎる。また、明治初年頃、尾上多見蔵の男衆に半助という男があった。うなぎ料理がうまくてよくうなぎを裂いたものだが、その頭を売っては小遣もうけをしていたのが知れてくびになった。それからうなぎの頭を半助というようになった−と柴藤の主人の話。
 前田勇の発表したところでは、京都の柏屋四郎兵衛・同宗七の発行にかかる『辰のとし大新板、当世花詞粋仙人(はやりことばしゃれのみなかみ)』という一枚刷りの隠語集に「あたまの事、半すけ」とあるという。辰の年だけでは、文政三年庚辰か、天保三年壬辰かわからないが、ともかくも百二、三十年前から、すでに「頭−半すけ」という隠語があるわけで、明治時代に起ったものでないことがわかる。しかし、なおあたまがなぜ「半助」なのかの説明はつかず、ただ、この半助とおやき(焼豆腐)とを一緒に煮ると、うなぎの脂とだしが廻って豆腐がうまくなるということだけはわかっている。

 傍点をアンダーラインで表現してはいますが「大阪ことば事典」を長々と引用しまい私のしゃべりの出番がありません。ハンスケの項で、結局語源が分からないと白状した形の締めくくりがすばらしいので中略が入れられませんでした。(残念)

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