感想録ー1月ー
☆=宝物クラス・★=お薦め・◆=まあまあ・■=ちょっと・×=だめ
- ◆『すべてがFになる』森博嗣・講談社・98/12/15
ヒロイン二人の描写にはやや難があるように思われたが、
淡々とした描写が面白い本。
「すべてがFになる」とは何のことか、という落ちも洒脱。
”思い出は全部記憶しているけどね。記憶は全部は思い出せないんだ”
- ◆『閉ざされた庭』レジーヌ・ドゥタンベル(有働薫 訳)東京創元社・98/10/20
デート中に恋人がレイプに遭遇する。
その後少年はその公園から一歩も出ずに生活を送る様になる。
”自分がもはや、ほかの世界に値しないと感じていたので、
半分は湿った草の中で、半分は瓦の上で生きていたぼくのところへ”
レイプに遭遇した少女ではなく、
それを見た少年のショック、
その不幸をそらすために抵抗できなかったことへのショック、
を丹念に描いている。
- ×『翼ある闇−メルカトル鮎最後の事件−』摩耶雄嵩・講談社・98/7/15
何だかスピードに乗れない、読みにくい本であった。
ギリシア正教とくれば、何となくおちがわかる話。
- ■『俳句専念』金子兜太・筑摩新書184・99/1/20
・虚子の<かたち>を踏みながら、
<かたち>に書き込む方向で自分の俳句を作っていくか
<かたち>を捨てて5・7・5という最短定型との取組から作りはじめるか
・韻律の重要性
・「感の昂揚が俳句表現の土」
生のありのままを見届けることの重要性
- ◆『能−中世からの響き』松岡心平・角川書店・98/12/25
幽玄:雲や雨といった周囲の幽遽のなかから立ち現れる美しいもの
+人間の想像力によって発見していく美
前半の能楽成立論は少々難しいかもしれないが、
後半の曲毎の謎解明はとても楽しい。
『葵上』の「青女」:「青」は現象の識別を逃れる領域である。
→霊的存在として登場する
- ◆『トリエステの坂道』須賀敦子・みすず書房・95/9/22
エッセイ集
・サバ『ふたつの世界』の舞台を訪問する
「重い山仕事のあとみたいに」の章が興味深い
- ◆『ブルジット・ジョーンズの日記』ヘレン・フィールディング(亀井よし子)・ソニー・マガジンズ・98/10/21
very Bridget Jonesy「とってもブリジット・ジョーンズ的」
30代前半、四大卒、ロンドンの中堅出版社に就職、料理下手
仕事(将来に関する)への不安、結婚や出産へのプレッシャーの中、
現代ダイエットに取り組んでいるものの、熱意は24時間以上続くことはない
と言う楽天的な一女性の日記物語。ほのぼのと読み終えることのできる一冊。
- 『薄荷色の朝に』松村由利子・短歌研究社・98/12/24
白木蓮の卵いよいよ膨らみて大地の祭り始まらんとす
銅版画しくしくと腐食進み居るわが胸に黒き描線走る
パイ生地を幾重にも折り畳みつつ仕事の齟齬を宥めておりぬ
入梅のニュースを聞けば蛇口からオルドビス紀の鬱滴れり
型くずれしてゆく鞄どうしても詰め込み過ぎる資料と希望
母の気分は通勤電車に揺られつつ血糖値のごと下がりゆくらし
気働き敢えてせぬこと難しくつくづく女に育てられたり
恐竜の滅亡を子よとくと見よ楽しい日には終わりがあるの
「かりん」で見ているときはさして気付かなかったのだが、寂しい子守歌の様にまとめられた歌集。
- ◆『マザコン男がブンガクしている』山下悦子・KKベストセラーズ・94/5/5
双方社会論:夫権が未発達、母子の一体感が強い、性別役割分業が根強い
↓
日本の現代文学:女性に「母」を求める
父親の役割をはたすことができない
「マザコン」:社会的にも経済的にも自立した男が、家庭を持ったとき、妻をひとりの自立した大人とみなすことができず、
身の回りの世話や精神的な甘えを産みの「母」にかわって生涯与えてくれる「母」を、妻に求めることこそ「マザコン」の完成形態
という視点で村上春樹・丸谷才一・村上龍・島田雅彦・中上健次論を展開している。
著者は「養子制→父系母族=双方制=非単系」という考えから、養子制(家における非血縁原理)と近代文学との関係についても論じているが、
受け手の問題ではあるが、養子制の崩壊と、戦後の夫権成立(及び夫権の喪失)・男女平等の普及(及び男女平等の実質化)、
そして日本文学の特徴との関連が、今一つ不明瞭であった。
- ◆『短歌の社会学』大野道夫・はる書房・99/1/14
T 作品論−新人賞応募作品にみられる若手意識−
U 歌人論−近世・脱近代と歌人
V 結社論−短歌結社の社会学
の三部構成
Tでは戦後の新人賞に応募した短歌作品にみられる若者意識分析を行う。
・短歌連作のテーマ
| 1950年代後半−1973年 | 1973年−1997年 |
| わたし | 労働・病とわたし | 1980年〜浮遊する「わたし」 →多様化する「わたし」 |
| 恋 | ひそやかで素朴な「恋」 | オープン化する「恋」 →「恋」にかかわることをやさしく詠んでいく →日常のなかでの「恋」 |
| 社会 | 安保闘争を基軸とする | 様々な詠まれ方をする「社会」 |
| その他 | 自分の住んでいる地方 | 都市的な状況を背景として多様化 |
・若者のメディアとしての短歌の弱さ
Uでは近代化の過程における歌人のアイデンティティ形成を探るために、
佐佐木信綱(近代)と岡井隆(脱近代)を挙げている。
佐佐木信綱
信綱のアイデンティティ:「イエ」・近代化に伴う勤勉と克己の精神
国家との強い結び付き(国家の相対化・批判は無い)
歌人の根本は「愛づる心」:愛する明治の精神(←→疎外する明治の精神 例「こころ」)
岡井隆
戦後知識人
家族(アンチマイホーム)
プロテウス的(確定的なアイデンティティを持たず、状況の変化に応じて変身を重ねて行く人間)
継続する社会への関心
Vではアンケートを基に現代では余り使われない言葉であるにもかかわらず、
短歌世界ではなお生き続けている「結社」を、短歌結社を素材として検討している。
分野的に関心のある書物であったが、未だ踏み込みが足りない様な印象を受けた。今後の発展を願う。
- ◆『中世神話』山本ひろ子・岩波新書・98/12/21
・記紀神話には登場しない神(伊勢神宮外宮に祀られている豊受大神)と
呪具(イザナギ・イザナミが国生みで使った天のさかほこ)を題材にして、
中世神話の形成過程を解説している。
- ◆『仏像の声』西村公朝・新潮社・99/1/1
芸術品としての仏像解説よりも、仏像そのものが何を現しているのかということの解説を行っている。
自ら彫刻家であり、僧侶であるだけに説得力がある
- ■『ポーをめぐる殺人』ウィリアム・ヒョーツバーグ(三川基好)・扶桑社98/12/30
1923年ニューヨークでポーの作品を模した殺人事件が発生した。
実在の登場人物を主人公(ドイル、フーダニィ)とし、またそれ以外の実在の人物を巧みに配置している。
一定程度引き込まれるのだが、少々あっさりしすぎているような印象を受けた。
- ◆『紅一点論−アニメ・特撮・伝記のヒロイン像−』齋藤美奈子・ビレッジセンター出版局 98/7/18
・紅一点の国
アニメ:男の子の国:モモタロウ文化
秩序だった組織、絶対的な命令系統、近代科学や工業技術への信奉
女の子の国:シンデレラ文化
ファッションと恋愛、無秩序な集合体、異性愛への執着
女性キャラクター
| 王子様と結婚するお姫様 | 女の子の国のヒロイン | 労働市場において働きの無い少女 | 父親から見た理想の娘、15歳未満、ペット付き、将来の夢は「お嫁さん」 |
| 犠牲をはらって戦う少女 | 男の子の国のヒロイン | 補助労働と性的サービスだけが得意な会社の女 | 上司から見たOL、20歳前後のセクシーな若い女、 |
| | | 父親の威光をカサに着た「七光娘」、公の仕事は通信係=電話番、陰の仕事は雑用+お色気サービス、女友達がいない |
| 主人公の命を狙う魔女・継母 | 悪の帝国のヒロイン | 出世はしたが役に立たない無能な女性 | 悪の帝国は女権の強い国、どぎつい大人の女、男の手下を使うボス |
| | | 妖術使用、嫉妬深くて物欲が強い、必ず負ける |
| 救済者としての女神・慈母 | 脇役 | 過程に生き甲斐を見出す専業主婦 |
・子供の向け伝記とアニメの類似性
・伝記世界での女性の特徴
@白人女性A育ちの良い勉強好きな娘さんB性的に貞淑C有力な男性のお墨付きがあったことDわかりやすいポジション
女性の氏名表記は不統一(例:キュリー夫人、ナイチンゲール、ヘレン・ケラー)
- 『アダルト・チルドレン−自信はないけど生きていく−』西山明・三五館95/12/22
「生き難さ」「寄る辺なさ」「居場所なさ」彷徨い続け、どこか自分を認めてもらいたいという欲求の強さ
- 『短歌と日本人 U日本的感性と短歌』佐佐木幸綱編・岩波書店99/1/8
□「短歌形式と天皇制」古橋信孝
・和歌と天皇制を結びつけるというイデオロギー
近世都市民の共同性としての古代幻想→「万葉集」の国民文学化
・短歌論に見られる 論理性の弱さ、通俗的な実感進行、歴史性の無理解、批評性の欠如
★短歌を文学として自立させ、他の文学と道徳の批評(=誰にも通じる論理的な言葉による批評)をしていく以外に、
天皇制イデオロギーを断つことはできないのではないか
□「簡潔と詠嘆−短歌という形式−」尼ヶ崎彬
長歌(説得に適)がすたれ、短歌(詠嘆に的)が残った理由
詠嘆:自分を巻き込んでいる事態に巻き込まれている身体、
身体の事態への身構え、心の動揺や苦悩を含んだ身体的意味の自覚の声
□「日本の詩と季節」仁平勝
・和歌に漢詩を摂取しようとする→自然との一体感を喪失した比喩
・季節感なるものは我々の実感とは最初から切り離されている
→しかし、「季節」というモチーフは、有限かつ可変な我々の人生を、無限で不変なものに結びつけたいという願望がある。
□×「しみじみ胸の底が痛んでくる−若山牧水『みなかみ紀行』をめぐって−」立松和平
定型詩短歌の強さと弱さ
□△「三十一音への亡命−危機のヴィジョンとしての短歌の言葉−」永原孝道
危機により延命し得た短歌
□「旅人の歌」伊藤一彦
西行:心細さを味わうために
牧水:心焦がれて旅に出る
節:「家」の重圧から逃れようとした旅
行綱:人間という枠から出る「旅」
□「神女を演ずる男たち−古代和歌とジェンダー−」島田修三
男性貴族が歌の中で恋する女性を演じようとした理由
□「無常観の伝統と現代−短歌と死生観−」坂井修一
業平・西行・茂吉・空穂・ふみ子・小野茂樹の死生観紹介
→短歌における死生観のさらなる更新や深化をはかる必要がある
□「座談会」日本人・こころ・恋歌(阿久悠・俵万智・夏石番夫・佐佐木行綱)
- 『沈黙の扉』スティーヴ・マルティニ(伏見威蕃)角川文庫・95/6/25
はじまりは第二次世界大戦中に失踪したらしい父親の消息を調べて欲しいという調査依頼。
しかし手がかりの羊皮紙は16世紀キャプテン・ドレークの日誌の一部である可能性が出てくる。
1589〜1856(パリ宣言)国王一割、残り九割は船長+乗組員で分割
- 『たましひに着る服なくて』米川千嘉子・砂子屋書房 98/9/5
父の挽歌と子供を中心とする家族の歌
色彩は白・青・緑
「水」が「溢れ」ゆく感じ、「やわらかい」感じ、落下感
みづあふれ子どもは生まれみづは閉ぢこの子どこかへかへりたさうで
ふゆぐれのさびしい儀式子を拭けばうす桃色の足裏あらはる
育つはやさは止めやうもなく振りむけば子はひらすらに春の雪食む
合歓よ合歓いく度眠らば夢に見む澄みはつるまで滅びし百済
家族のこと誰か占ひたり深夜ガラス瓶にはスパゲティ立つ
訪ふたびに着替へるやうに老いてゆく水のごとかる歩みを父に
愛しつづくることの疲労を語る詩のこよなかりけり愛を知らぬ日
夫よ夫よ朝毎呼べば朝毎に夫かへりくる知らぬ淵より
「塵入らば赤子の目玉舐むるべし」あかあかと育児書のなかの一行
体温計ひらりひらりと振るたびに雪のけぶりて母狐見ゆ
たましひに着る服なくて醒めぎはに父は怯えぬ梅雨寒のいへ
さつきまでは父なりければ亡骸のこはくなきこと不思議でかなし
刻々に死にゆくいのち見るべしと病棟に女ばかり置かるる
チーズの中より小さき目玉出ずることあれど微笑みあなたに分ける
- 『囁きの代償』ロブ・カントナー(村山汎)扶桑社 94/6/30
デトロイト
1960年代→フォード →不況
→音楽:モータウン(モーター・タウン)
正体不明のDJアレックス・ファーA三件の強姦殺人事件の嫌疑がかけられた。
しかしアレックスは、アグラフォービア(広場恐怖症)で、決まった人、決まった場所以外に行動を起こすことがない。
それでは誰がアレックスを陥れようとしているのか?
少し暗いデトロイトが舞台というのが面白い。
- 『短歌と日本人 T現代にとって短歌とは何か』岡井隆・佐佐木幸綱・坪内稔典・富岡多恵子・馬場あき子・藤井貞和
岩波書店・98/12/8
□「日本語にとって短歌とは何か」−藤井貞和
通説という性格の為か印象が薄い
・(岡)詩歌の近代化:M15『新体詩抄』の刊行以降
詩語としての日本語=「第二国語としての古語」
・(富)57577という枠組み、文化的な言語装置がどういうものか
・(馬)圧縮したことばへの好み
上申のことば(一つ申すということば):下から上への訴えの言葉
・(坪)俳句と短歌の差
・(佐)ことばの変化と短歌の中で使用されることば
←あまり変化していない
・(岡)S30〜 比喩隆盛
□「日本人にとって短歌とは何か」−佐佐木
天皇の歌:格調
□「呪言から呪歌へー「言問ふ」世界−」谷川健一
歌のおこり→神に自分の願望を聞き届けさせるための烈しい祈りの言葉がリズムをもつ(白川静)
□×「短歌と真言−言語の意識化を核に−」粟田勇
□×「拘束・リズム・散文」平出隆
□○「短歌の輪郭」小池光
ことばのリズム:ア・プリオリに与えられたフォルムの韻律感と
具体的なことばの配列が持つ絶対音数上のまた意味上からの
微細なズレやネジレ、そして調和がはじめて定型に生気を吹き込む
「受けて」「返す」
□×「実用の言葉としての短歌」高柳蕗子
短歌に対する敬意:短歌の形になっていることに向けられている
現実を短歌がふと超越するという実用短歌の効用
□○「短歌という方法」田中綾
辞世の手段としての短歌
短歌のメリット@短い詩型
Aモノローグに適している
A茂吉:「対詠歌」を意識しての「ひとり言」
現代:「対詠歌」を意識しない「ひとり言」
A’短歌と他者性→死者たちとの対話
死者たちと対話し死者たちを共有することの重要さを切実に感じた。
短歌という方法は自己慰安の手段に終わらず、世界観を提示する手段でもあるべきだろう。
□△「海外から見る短歌」吉屋敬
異なる文化圏の人のうた
例:オランダ人と短歌
- 『らんぱんうん』椎木英輔・ながらみ書房・98/10/28
蟋蟀といはれてみれば雨の日の蟋蟀のごと携帯電話
Yes,a cellular phone is
A criket
It chirped in a shrill sound
As if it were
A criket in a rainy day.
この音をらんぱんうんと聞けといふ茶碗に茶筅を三度打つ音
Listen!
When I touch the tea bowl brim
With the tea whisk haft
It resonuds
Ran,Pan,Un.
煩悩の数は108。
その数に合わせた108首の短歌が納められている。
作者自身による
@縦書き日本語短歌(従来の表記法による短歌)
A横書きローマ字
B横書き五行英訳
の三つが各見開きにまとめられている。
英語の方が全体として説明的になっており、読んでいてわかりやすい。
しかし、英語においても、説明的ではない形で表現することは可能なのではないだろうか。
Bにあたる英語短歌だけを取り上げて鑑賞することはどのくらい可能なのであろうか。
このような新しい試みを行った歌集を日本語及び英語を両方とも味わった上で
きちんと鑑賞することができるのだろうか。
- ×『封印された数字』ジョン・ダニング(松浦雅之)早川書房・98/12/31
小説第一作。
潜在意識と催眠術の知識を活かした宝探しの物語。
- 『佐佐木幸綱の世界7』佐佐木幸綱・河出書房新社・98/12/25
・評論編2『作歌の現場』
- ・「主題を決定するもの」
P12
作歌の現場は理論ではない。したがって、作歌の実践的な場における時間的な順序は往々にして
前後するのが当然であるが、<モチーフ>によって<主張>が決定され、<主題>との関連で、
<素材>が選択されるという筋道がたどれるように表現はなされるべきなのである。
←生存に立脚する歌、<モチーフ>を重視する作歌
- ・「詩型の強制力」
<詩型>→<一人称>を強制する
=<詩型>が<作者>本人をも干渉する
(=無限の自己主張)
←塚本:一首の歌をつくる=もう一人の人物を生み出す
(<一人称>でうたいつつ、作中の<われ>を直接<作者>と重なり合わせないための<方法>)
=時空や視点の固定化を避ける
←佐佐木:「私」の多面的様態をフォローしてゆきながら、一方で、
では結局私とは何なのかという問いへ向かって、
相矛盾する存在の様態の基部へと下降してゆく行い
→作歌とは、生ま身の私を作中に押し上げ<私>という俳優に変身させる試み
”私から<私>へ、私の根拠へ向かって一つの次元を越す意欲が一切に優先する”
- ・「根拠へ向けて」
<作者>と作中の<一人称>の問題
@私の根拠として<私>を位置づけようとするやり方
(下部構造としての<私>?)
A私を根拠として<私>という花や葉をうたう
→どこかで何かを食う日常生活の中の現実こそ、一つ一つ<私>に定着させようと試みる
- ・「素材を狩る」
・動物を詠った歌を例示
p76
<モチーフ>がある。そこから積極的に出て<素材>を狩る。
あるいは<モチーフ>の罠をはって<素材>がかかるのを待つ。
・推敲に関して p89
作歌とは、いま在る自分がそのまま感想を言ったり、印象を述べたり、感動を言ったりする行いでは全くない。
(中略)作歌の現場を通って作品となるまでの過程において、歌人はそれまで閉ざされていた無数の感性の
弁の少なくとも一つは開きえてそこに立っていなければならないのだ。歌人は、育てて来た幾つもの<モチーフ>
と体験とを合わせ検討し、自由に<素材>と対しうる想像力を駆使することによって、感性の弁を開くのである。
- ・「比喩の種々相」
「寄物陳思」:心情を形象化する際に、ある素材(物)を持ち込むことで心情をイメージ化し、
そのイメージをもって思いを言う方法に立つ歌のこと
現代 :比喩の時代
比喩=普遍性への回路を開くために開発された方法
p121
一首中の<もの>が、その存在を主張する度合が強烈すぎて、<こころ>が封じ込められてしまう
←<寄物陳思>ないしは<比喩>において、<もの>の独走をどうくいとめ、<心情>をどう突出させるか
- ・「形式とは何か」
p130
<短歌形式>の支持=未生の時代、死後の時代の誰彼と時間の制約を越えて交渉を持ちたい
と答える歌人が少なくない
- ・「読者と作者」
作歌の現場:<読者>は意識されている
主体的な作歌:意識的に自分を追いつめ、
追いつめることでテリトリーを拡大してゆかなければならない
- ・「行動する<われ>を」
運動不足の歌
- ・「句切れの重要さ」
息づきとしての<句切れ>
- ・「オノマトペの先進地<俳句>」
オノマトペ=擬音語、擬態語
俳句 =リズム(言葉のリズム、肉体のリズム)で世界を認識するのが得意。
- ・「歌集をどうまとめるのか」
作品としての歌集
一般読者が親しみやすいかたち
時間を軸にするのか、主題を軸にするのか
- ・「結社の在り方」
- ・夏の鏡(上)
- ・対談−俵万智(1987年)
「人間への呼びかけ」としての短歌
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