| 2/29 | |
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昼食は、私は中之島公会堂の地下に行きたかったのだが、母にひきずられて、この寒い中バラ園方面へ。ここのレストラン(という規模ではないが)でバラづくしの料理があるということを母が新聞で読んだらしい。
(母は花好き。)しかし、そのバラ料理は三月からで、しかも予約制なんだそうな。仕方がないのでそこにあったメニューから、母はだし巻き定食、私は親子丼を頼んだ。ここはマスターと、バイトらしき女性の二人でやりくりしているようなのだが、
マスターは、そのバラ料理のPRで、テレビに出たりするのに忙しく、調理中も電話。いやな気がしたが、やはりその親子丼は近来まれにみるまずさだった。
私は他人が作ってくれた料理はたいがいおいしいと思うのだが、これは論外。要するに「心ここにあらず」料理だったのだ。くだんのバラ料理に出す、お酒(梅酒にバラのエキスを混ぜるらしい)の相談やら、午後から行くテレビ局の打ち合わせに関する話やら、
知人への電話や問い合わせの電話の応対など、忙しいのは認めよう。しかし、準備に忙しいのなら新メニューに備えてしばらく店を閉めるのが筋ではなかろうか。
私はそういう人をないがしろにする人は嫌いなので不快だった。
「もう、東京からの取材は断るわ。やっぱ納得できる料理出したいし」 ・・・ほんとか? しかし、気はいい人のようで、予約をするからといって名刺をねだった母に満面の笑みを浮かべて名刺を渡してくれた。そういえば、新聞を見て、といった瞬間からにこやかだった。 母はそれでも三月以降に友人とここのバラ料理を食べにくるらしい。 そういう鴨ネギという行為は私には納得しがたい。でもまあ、だれか味見に行ってくれること自体はおもしろいのでよいか。 口直しに東洋陶磁美術館のカフェで珈琲をいただいた。 ここの美術館は私のお薦めの場所である。もともとは高校の時の世界史の先生のお奨めだったのだが。 まともなサービスで珈琲を飲んで思う。やっぱり公会堂地下のレストランに行くべきだったのだ。 | 中之島図書館100年記念祝典参加。 こういうイベント参加は好きなので、大阪府のHP経由で応募。招待分の倍近くの応募があったようだが、 無事に抽選で選ばれてよかった。ちなみに別アドレスで母の分も申し込んであったのだが、そちらもOK。
五十年ぶりといわれる正面扉オープンの様子。このオープニングは・・・もう少し重厚感を演出できないものかしらと思った。 午後は講演会などもあり、おもしろかった。 |
| 2/25 |
| 発作的に食べたくなるもの。 それは食欲魔神なのでけっこうあるが、この時期は「ぜんざい」である。スーパーでふと見つけてしまうと、一缶100円前後の小豆缶を買ってためこんでしまう。そして、流石に夕食後は自制心で思い留まるものの、それ以外の時間は、唐突にトースターでお餅を焼き、小豆缶を鍋に空け、つくってしまうのだ。 そういう流れでは、食べるたびに後悔するものの、京都辻利の甘味も麻薬的ではある。おやつの時間に京都にいると、ふらっと辻利を目指してしまうからだ。食べている途中で「何でまたこれを食べるんだろ」と思いながら食べている図は間抜けである。だから京都に行くときはできるだけ食事処に行くことにしている。そういえば、ケンタッキーフライドチキンの魔力も強いようなきがする。とても脂ぎっているにもかかわらず、だから想像の段階ですでに満腹状態になっているので、実際にはあまり行かないものの、それでもふと「ああ、ケンタッキーに行きたい」と思ってしまう自分が怖かったりする。 話を戻して、実際に家でいきなり作り出すものとしては、白玉のお菓子(ぜんざいや、きなこをまぶしたものやら、あんみつやら。多分白玉だんごをこねている感覚が、粘土遊びみたいで好きなのだろう)と、わらびもち(不意に透明感を増す様が面白いのだろう)。 両方とも、思い立って15分内にほぼ仕上がるものであるあたり、私の料理能力(かなり初心者レベル)と気の短さを物語っているようで哀しい。 |
| 2/24 |
| 登校中のこと。 私は表道よりも裏道から大学に行くのが好きだ。普通のだらだらしたスロープを登るよりも、閑静な住宅街(規模は小さいが良い感じの家がある)と小さな木立を越えて構内へゆく方が面白いからだ。数年前に木立の中の道が舗装されてしまったのは少し残念だが。 本日も登校がてら住宅街を通っていたところ、向かい側からやってきたトラックに「■■小学校は知りませんか?」と尋ねられた。勿論、ここの人ではないので小学校の位置はわからない。「すみません、わかりません」と答えたところ、ドライバーの人は後ろを指さし、「あの建物は何ですか?」と尋ねた。素直に指が指し示す方向を見て、「一般の住宅ですが」と答えたが、彼は「いえ、あの池の上の・・・」「ああ、あれは■■大学です。」「そうですか。どーもすみませーん」と去っていったが、私の答えって妙に間抜けだったよな、と自分で笑ってしまった。その時は真面目に答えたつもりだったのだが。 |
| 2/22 |
| 春嵐 |
| 2/19 |
| 2月の懸案事項、確定申告を終えた。 つまり、確定申告の自主申告推奨サービスとして、市が税理士さんによる無料相談会を行っているのだが、それに行ってきたのでした。 今回も9時30分始まりの所、9時10分に会場に到着したのですが、既に受け付け番号は21で、実際に相談を始めたのは10時をまわっていました。 税理士さんは8人くらいいらっしゃったのですが、毎年、人によって当たりはずれがあります、つまり、税務署勤めの経験がある税理士さんは、検事あがりの弁護士に似て、何かとチェックが厳しかったりします。また、中にはとても傲慢な人や、計算を間違えてしまうそそっかしい人もいます。 しかし、今年は、ラッキーなことに、税理士さんが気の良い人でして、あれよあれよという間に、未記入部分や、計算を間違えたところの修正をして下さいました。これ、本当は自主申告なので、書類の記入は自分でするのが建前です。勿論、自分でわかるところは控え・提出用ともにきっちり記入はしていたのですが、それ以外の所や間違っていたところはすべて訂正して下さいました。感謝。 ついでに、公的年金などに関する計算方法についてもレクチャーしてもらいましたので、来年も楽勝でしょう。まあ、これは私自身の確定申告はないのですけれど。 楽勝とかいいながらも、にこやかにするのは疲れるので、本日は午前中だけですべて の愛想および愛想を良くするための精神力を費やしてしまいました。 三月内は、まだ税務署からの突然の問い合わせ電話があったりするので、安心はできませんが、当初よりも還付(予定)金が多いので、楽しみです。というのも、確定申告に関する雑用代として、私は毎年還付金から幾ばくかを徴集しているからです。そう、いくら家庭イベントとはいえ、毎回毎回無料の使いっ走りはしないのであります。 しかし、よく考えると、ここのところ、父は家にいることが多い→郵便物チェックが楽しみ(これはもともと私の楽しみなので、侵害されているのですが)→還付金振り込み連絡ハガキを見られてしまう→何もしない人に■万円がとられてしまう(本当は、父の収入でのやりとりなので、父が獲得するのが正しいことなのですが、世の中そうは問屋が卸さないのであります。私はただ働きはしないのであります。それはだめだめです。)どうしよう、というところです。 とりあえず、郵便物チェックという私の喜びが邪魔された段階で、不機嫌になってみせ、郵便ポストに近づかないようにしつける予定です。 しかし、無料サービスということもあってか、会場には高齢者の方(年金関係での確定申 告)が多かったです。かなり腰の曲がった方もいらっしゃっていて、「細かなこと→私におしつける家人たち」に慣れている私には「家族の人になぜ同伴してもらわないのか」ということが大変不思議だったのですが、 おそらく、 1:独り暮らし 2:お金なので、同居の嫁をはじめとする家族には見られたくない と理由で、一人で来たのかなぁと思いました。お金が絡むと人間関係はやっかいですしね。 そうそう、確定申告では、いつも「父が」としっかり前置きをします。今回も「昨年は父が退職しまして」とはっきり申し上げました。それなのに、いつのまにやら「ご主人の」と言われるのでした。本日は、母のパートの給料額をさっと答えたので、その瞬間に妻と思われたのかもしれませんが、また、いろいろ書いてもらっているので、ま、いいか、細かなことにはこだわるまい、と思いましたが、 しかし、納得のいかないことが一つ。 確定申告の配偶者欄には生年月日を書くのですよね、 ですから「わたし、56に見えますか??」と真面目に問いただしてみたかったです。 「見える」と言われたら、どうしませう。 まあ、これが父と一緒に旅行に行きたくない 理由の一つなのでした。(要するに、男は年若い妻をもつことが多いという偏見のなせる業か? それなら私は年若い夫を持とうかしら。まあ、それは現実性がないけれど。)母と一緒だったら、本当は鬼娘でも、あっという間に孝行娘となるので、なんだか得した気分になるのですが。父と一緒だと、後妻などと見なされてしまい、「奥さん」と呼ばれることもあるので、そういうところでのお得感がなかったりします。 |
| 2/16 |
| 登校、しかし、どうも週末からの風邪がまだ治っていなかったためか、結構つらかった。ところで、私は薬が苦手である。とくにカプセルがダメ。湯飲み一杯のお湯やお茶でも、飲み下せないことが多々ある。だから、私の場合、薬は粉ものが多い。風邪では葛根湯や改源が愛用薬なのでありました。 |
| 2/15 |
| 泉州国際マラソン。 弟が参加申し込みをしていたのは知っていたけれど、秋以降ずっと忙しいので、多分棄権するだろうと考えていたのだが、どうも参加するとのこと。とはいうものの、彼は昨年初参加だったが、その時も途中でギブアップ(タイムオーバーで)だったので、今年は「まあ、第一折り返し地点の浜寺は越えようねー。頑張れー」と全くもって応援らしくない声かけをしておいた。 そう、弟ぎみは、一応堺に下宿しているのだが、週末になるとこちらへ戻ってきてしまうのだ。その度に、お話を聞く掛としては、ちょっとつらいものがある。適当に誘導尋問的アプローチをしながら、とりあえず元気そうなこと確認できるのは良いが、母からの質問事項を頭にいれ、かつ弟の愚痴めいた仕事の話を聞くのは、わりあいテクニックを要するのではないかと思う。まあ、堅気な勤人である弟ぎみよ、君は転職を考えるのではなく、くびにならない程度に(まあ、だいだい同期10位以内を目標として)ぼんやり仕事をするのだ〜〜! とりあえず、転職前に、行政書士や不動産鑑定士などの資格をとっておこうね(しかし、弟は試験勉強が死ぬほど苦手なのだった・・・・。) |
| 2/14 |
| 確定申告書類作成。 いいかげん自分の書類は自分で作ろう、と思う一日であった。しかも、必要書類を私になかなか出さないし。まったく。来週、にこやかに微笑みながら税理士さんに書類確認してもらうのは私なんだぞ。と声を大にして言いたい。そうだ、手数料をとるべきなのだ。とりあえず、最重要書類を至急送ってもらわなければならない。 |
| 2/13 |
| 午前はお茶。例の如く長板。 午後は近所の知人に美容院に連れて行かれる。あまりに髪がうっとおしいという家人のすすめによる。 何でも腕の良い人だからということなので、私にあった髪の相談会と相成る。 1:ブローはできません。 2:朝は、起床から30分内に出かけることもあります。 この2条件で、できる髪型にしてもらったところ、やおら髪を10cm以上切られて縮毛矯正。この段階では、蛇の髪飾りをつけたらエジプトの女王もどきだった(髪がとても多いので)のだが、そこからまたがんがんに髪をすかれてしまった。周囲は良いというが、私にはよくわからない。しかし、髪を束ねることができないのは、慣れていないのでつらい。矯正しているので、恐怖の朝はねはまだ軽度ではあるものの、それでもはねる私の髪、強情である。 |
| 2/12 |
| 登校。 久方ぶりではないが、先輩にお会いする。いろいろな暗めの話題や情報交換をして帰宅。 |
| 2/11 |
| 母帰宅。雪景色の様を興奮して話す。 だから、私は雪にはあまり関心がないんだってば。と思いながらもおつきあい。 |
| 2/10 |
| 指導教官の本年度授業受講者の間での打ち上げコンパ。 私は出なくてもいいような気もしたのだが、とりあえず参加。今回は学部ゼミ生ではなく、院生の方なので、年齢層が高めだった。 参加者の顔ぶれをみながら、この大学に世話になってもう10年近くなるんだよなぁと思う。10年は結構長い。さて、私が就職できるのは一体いつのことなのだろうか、それとも一生非常勤で終わるか、のたれ死ぬか。いずれにせよ、私の未来はあまり明るくはない。どこかで道を踏み外したという記憶もないのだが、多分どこかで間違ったのだろう。否、別に今の状況を不幸とも思わないのだが、自分の数年後を描くことができないのがつらい。いっそ海外逃亡をしてみたいのだが、はたして海外に日本法制史研究者の存在場所はあるのかというと・・・それもないな。 |
| 2/9 |
| 母上家出もとい東北旅行へ旅立った。 母は雪景色をみるのが好きなのであった。ちなみに私は、寒いのは嫌いなので、雪景色はあたたかな部屋の中から眺めるにはOKだが、雪見風呂もあまり好きではないし、ウィンタースポーツ一般はすべて嫌いなのであった。 |
| 2/8 |
| 家で休養しようとしたのだが、早々に起こされる。 何でも母は堺の弟の下宿になにやら持っていきたいらしい。確か前は一人で行くのがいやだから、助手席にのっているだけでいいからという話だったのだが、いつの間にか、いつものように私が運転とあいなった。 「いやぁ、疲れているんですけど。」と消極的に拒否しようとしたのだが、そういうことは伝わらないのであった。何でも私は「とばしやさん」に見えるそうな。要するに、運転が好きで、運転が気分転換になるというタイプに見えるようなのだが、それは間違いである。少なくとも交通量の多い堺方面は苦手である。飛ばしたけれど。途中なんどかスピードの取り締まりをやっていて、ひやひやしたりした。 夕方以降は非常勤先の来年度授業シラバスを作成。深夜までかかってしまった。 |
| 2/7 |
| 集中講義三日目。 さすがに濃密な二日半を過ごしたためか、帰宅すると人と対応するのがおっくうになった。そのまま早めに就寝。 |
| 2/6 |
| 集中講義二日目。 帰りは指導教官も含めて割烹料理やさんへ。九時まで話し込む。 |
| 2/5 |
| まずは非常勤先へ追試験の採点に向かう。 空模様からして雪が降りそう。寒いのはあまり好きではない。 追試験は本試験を欠席した者の内、病気など医師の診断書があって改めて試験を受けることを認められた人用の試験のようだ。これと似ている試験が再試験だが、こちらは卒業予定者用。再試験の方が受験者が多いのだそうだ。 それから寒さにめげながら大阪駅へ。なんと雪が降っている。 阪急梅田付近のベーカリーCafeでお昼兼体をあたためてから北摂へ。 事務への提出書類が一件、確認事項が一件。これは簡単に終わった。それから編集室へいって校正を手渡す。ついでに校了にさせてもらった。これで三月末までは晴れ晴れだ。 で、ここから愛媛からいらっしゃっている先生の集中講義に参加。ええ、もう学生は長いことやりましたし、もう卒業しているのですが、人数合わせで参加を要請されてしまいました。エレベーターのところで先生にお会いしたので、挨拶したのですが、無視されてしまいました。まあ、一年に1・2度しか会わないのでしかたないですけど、こりずに声をかける。その後六時まで授業があり、夕食を一緒にとなったので、受講者を連れて駅付近の居酒屋へ。私は一時間程度で引き上げたものの、他の人は結局10時半までいたそうな。。。みんな体力あるなぁ。 |
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| 出先から戻ったところ、用件ラッシュ。さてさばけるでしょうか。 |
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| 大阪知事選挙。 うちは選挙好き(投票好き=私)がおりますので、他の家人は半ば強制的に選挙に行かされるのでありました。(朝から歌を歌い出すもので。)たまたま家へ顔を出した弟も、何と珍しく投票にいっておりました。なのになぜ投票率が低いのだろうか。謎だ。 |
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