| 1/25-29 |
| 東京資料調査。 いかんせん要領がいまいちよくないので、完璧に予定をこなせたわけではないのですが、一つ二つ面白い資料を見つけることができたり、資料確認(結局使えないことが判明しましたが)ができたりしたので、良かったです。図書館は九時ないし九時半開館で、五時閉館なので、たいていお昼を抜いてしまうのですが、あまりそういうことも気にならないほど、そういう意味では面白い時間を過ごせました。 次はいつ行けるだろう。まあ、それまでにため込んだ資料や本で勉強を進めなければ行けませんね。やでやで。 |
| 1/24 |
| 子ども茶道のアシスタント。 あと一人、アシスタントをしてくれる人がいれば、二ヶ月に一回程度の出席で済むのだけれど。来ている子ども自体は興味深いので、面白いのだけれど、都合がつかなくてアシスタントができないときの疚しさが嫌い。 お茶菓子はたいてい私が用意します。子ども茶道は月二回で2000円。ここから先生への謝礼や、協議会費、そしてお菓子代を出すので、そうそう高いものは用意できません。しかし、お菓子を楽しみにしているようなので、なかなか悩みます。まあ、用事などであちこち出歩くこともあるので、そういうときにおみやげ屋さんを覗いたりして、できるだけ毎回お菓子を変えています。 今回はちょっと高めの鶴屋吉信のお菓子。お菓子があまるとそれは人数で割って配分してしまいます。逆にお菓子が足りないときは、振出用の金平糖、干菓子、そして万能羊羹(これは日持ちがするので常備してある)を出します。いかんせん、子どもなのでお茶だけというのは飲めないのだそうです。 生徒の両親+お兄ちゃんが飛び入りで見学に来られたので、次回用のお菓子をお出ししたのですが、お兄ちゃんはめざとく、そのまえに出していた金平糖をチェックしたらしく、あとで生徒に「金平糖が欲しい」と言っていました(私は地獄耳)。その子、私に「あのーせんせ、金平糖をちょっといただけますか?」と遠慮がちに聞いてきます。お兄ちゃん、妹に気を遣わせてはいけないよーと内心苦笑しながら、余ったお菓子のとなりに金平糖を出し、「いいよー」と答えたところ、彼女はなんと金平糖を生徒の人数で分け始めました。なんてフェアな子だ。「金平糖はお兄ちゃんに、だから、全部持っていってね」と言いました。何だか面白かったです。 |
| 1/22 |
| ひたすら採点。 法学の試験問題に付録として、一年間法学を学んでの感想や、もっと触れて欲しかった項目についてコメントを求めたところclick のようなコメントを頂戴しました。君たち、匿名で行われる授業改善の為のアンケートの時とは異なって、結構いいコメントを書くではないか。成績目当てのリップサービスが加わっているとしても、先生はうれしいぞ。来年は留学生からのリクエストに応えて「商法」(実は私は商法はあまり好きではない。今、大改正中だし。)や、諸外国との法律比較、というのも、考慮しましょう。こういう今後のためになるコメントは好きだ。勿論これ以外にも、単位請願活動コメントもあったのですが、残念ながら授業に一度も出ていない人に単位をあげるほど優しくはありません。まあ、再試験(+レポート)は受けてもらいましょう。 採点作業の合間、熊本へ遊びに行く父を送り、また寒すぎるので、仕事帰りの母を駅まで迎えに行った。母たちが駅につくのは、駅前がもっとも混雑しているときで、ぼんやりものの私は、待機する場所を見つけることができなかった。そこで、とりあえず一周しようかと思ったところ、向こうから大型車(4DWの大きめ?)がつっこんできた。そこからつっこまれると身動きが取れないんですけど。ええ、上級ドライバーはどうかはしりませんが、私は上級ではありません。さらにクラクションならされたからといって、これ以上後ろには下がれないんですけど、後ろの車にぶつかったら因果関係を問いますよ。幸い反対側に止まっていた車が見るに見かねて車をうごかしてくれたのでぎりぎり大型車は通れたのだが、すれ違いざま、窓を開けて「しっかり運転せえや」と捨てぜりふをもらってしまった。悪かったわね。まあ、今回は私が悪いから仕方ないけど、あんな車二台半の道を大型車で来ないでよ、といういわゆる逆ギレなことを考えてしまった。 |
| 1/21 |
| 寒い中北摂の母校へ。 ここは駅から歩く距離が長いのが嫌い。しかも風は冷たく強かった・・・・・・・・・寒かったです。 |
| 1/20 |
| 非常勤講師先、学年末テスト。 テスト監督の補助は嫌いじゃないと思うのですが、監督(責任者版)は苦手です。帰宅後ざっとテストを採点してみたところ・・・・・・みんな、授業時に配布したプリントは持ち込み可能にしたよね、それを見たら分かる問題が多いんだけど・・・・という感じでした。 |
| 1/16β |
| お茶の教室に出向いたところ、相弟子のOさんが「事務所の人が、来年度の計画について書類を提出して欲しいって言ってたよー」と教えて下さった。何だろうかと事務所へいったところ、何でも12月28日〆の提出を茶道だけ出していないのだそうだ。ううむ、心当たり無し。 いかに私の物忘れがひどいとしても、完璧に記憶に無いということは、私側のミスではない可能性がある。まあ、ことが大きくないので、追求はよそう。書類は三部。市に提出する分などもあるが、要するに、倶楽部の趣旨と活動業績、役員(そう、人手不足なので、私が役員さん。しかも、毎年交代、ということもないらしい・・・数年後、議論しなければなりませんね)、部員の名簿、使用希望教室と倶楽部予定なんかを書かなければならなかったのであった。ついでに、子ども茶道の書類も書くはめになる。 問題は、子ども茶道の方の役員をどうするのか、ということ。子どもが夜に行われる会合に出ても意味ないしねぇ、ということで、大人の分と一緒になった。一緒と言うことは、私が役員を兼任するということ・・・・・・・・悪くはないけど、ねぇ。事務所に兼任について尋ねたところ、本当はよくないらしい。というか、普通は子どもの会の場合は、保護者の人が役員をすることが多いらしい。そういえば、少年野球やサッカーを思い浮かべると、食糧の買い出しやらユニフォームの洗濯やら、確かに保護者、特に母親がやっているケースが多いような気もする。うむむ、母親って本当に家族の雑用関係で頑張るものですよねぇ。子どもの習い事は親がかりのようである。では、茶道は・・・・親御さんには送り迎えの他、会ったことがないなぁ。余所では毎回保護者(母親がメイン)の方が交代で水屋(茶道の準備と片づけ)当番をしているということも耳にしたけれど、うちはしていないです。これは、じっくり時間をかけて保護者を説得するしかないようである。失敗したら、生徒がいなくなるのでしょうけれど。とりあえず、館長さんは、責任が終えるなら構わないと言ってくれた。いらない責任は負いたくはないが、来年度はこのまま行くのだろうなぁ。数年はいいけれど、私が消えたらどうするんだ? |
| 1/16α |
| 「新しい常設展示に期待するもの」 チョンヨンヘ
「日本人」は差別されていないのか 近代日本は植民地化の過程で朝鮮人などに他者性を見いだし、対比させることで実 態のなかった「日本人」「日本国民」の輪郭を描き出してきました。それと同じ構図 の展示を人権博物館がおこなってほしくないと思います。 そのような意味で、コーナーVが一二のコーナーという形で区分されていることに深刻な危惧を抱きます。ま るで動物園のような空間に、私は入れられたくありません。例えば、在日コリアンで あり女性である人物、在日コリアンとウチナーンチュのカップルの子どもなど、展示 室に引かれた境界線を相対化する内容が必要だと思います。そうでないと、被差別者 をステレオタイプ化し、差別の再生産にもつながりかねません。また、一二のテーマ どれにも当てはまらない人は、自分は差別されていないと思って終わってしまいま す。そうではなく、観る側が、自分が観られているように感じるような場であって欲 しいと思うのです。例えばコーナーVに、「日本人」は本当に差別されていないのか ということを問いかけるコーナーが必要だと思います。 日本には、民衆と政府を対峙させ、いかに民衆が政府の行為に対して闘ってきたの かという歴史観、民衆史という発想が弱いんですね。そして在日コリアンと日本人と の関係を例にとっても、両者は巧妙に分断されてきたと思います。日本人は、一九二 三年の関東大震災の時、軍や警察と一緒になって朝鮮人を虐殺してしまいました。政 府と共犯関係を結ばされて、自分の位置が見えなくなったわけです。だから、例えば 政府が在日コリアンに対してやったことに対し、日本人は「日本人としてすまない」 と詫びるわけです。 かつて日本人の人権も踏みにじられてきたし、危うくなりうるん だという視点が必要です。例えば中国残留孤児のように、満州に連れて行かれて、置 き去りにされた日本人がいます。去る九月にも彼/彼女らとその家族が、日本政府を 相手に自分たちを放置した責任と、帰国後も不十分な支援しかおこなわなかったこと の責任を追及して、第二陣の裁判を提起しました。日本国籍で、血統的に日本人で あっても彼らは差別されて、抑圧されて生きることを余儀なくされています。このよ うな現実をみると、日本人であれば安全地帯にいるとはいえません。もちろん、序列 化されるなかで日本人が朝鮮人を差別するという関係があり、全く同等ではないのだ けれど、やはり被害者としても両者は一緒に国家に対して批判を向けるべき立場であ ると思います。 人権とは何か 差別問題について学生に話すと、「可哀想だ」、時には「自分は差別されなくてよ かった」という意見が出てくることがあります。日本人である自分は安全な場所にい て、人権が守られていると感じているのですね。では、そこでいう「人権」の中身は 何なのかということです。 昨日、学生が軍隊を持たない国家として最近注目を集めて いるコスタリカについてのレポートを書いてきました。そこの小学校で先生が七歳く らいの子どもたちに、「あなたたちの権利は何ですか」と問いかけると、元気に「遊 ぶこと」「愛されること」と叫んだとありました。こういう発想が日本にはありませ ん。国家に対し忠誠を誓うことで恩恵的に受け取っている特権はありますが、それは 人権ではありません。 本来人間として生きていくための権利を保障する公的機関が国 家であるはずです。人権とは、お願いしてもらうものではなく、自分達の当然の権利 としてあるはずです。このことが小学校一年生であっても感覚的に分かるような展示 が必要だと思います。 そして、R・V・イェーリング『権利のための闘争』(一九八二年/岩波文庫) に、権利のために闘うことは自分に対する義務であり、国家・社会に対する義務でも あるという言葉があります。このような、励ましの言葉が展示のなかに欲しいので す。誰かが何かをしてくれるのを待つのではだめなのだということに大阪人権博物館 で気づいて欲しいのです。自分の権利意識を自覚しなければ、他人の権利なんて想像 することもできないと思いますよ。 立ち上がりにくいマジョリティー日本国民 女性運動の中で、'Personal is political' (個人的なことは政治的なこと)と いう言葉があります。さまざまな悩みが、実際にはいろいろな社会的構造や権力にさ らされた結果であるにもかかわらず、個人の弱さといって問題に解消されるような政 治的な状況がある。そのことに気づくまで、気づいてから行動に移すまでに距離があ るという、二重の意味で政治的になりえない日本人の状況に問題があるのではないで しょうか。このままでは、最終的には、日本国民自身が国家によって暴力的に奴隷化 されるという悲劇的な未来を迎えるのではないかと危惧しています。そうならないた めにも、自分の悩みが社会的なものであり、同時に政治的な性質を持っていて、解決 のために政治的な行動をしていくことは、過激でも何でもなく、まさに権利なのだと いう発想が必要だと思うのです。 日本では、年間三万人が自殺し、一〇〇万人が引き こもり、二万人以上がホームレスです。このような問題に溢れているわけです。それ が他人事ではなく、自分が抱えている不安、自己否定観とつながり、日本人どうし が、互いに、互いの考えを言い合える。そして次の段階の行動につながるような、気 づきの館になって欲しいと思います。 そういう意味でも、前述したとおりコーナーV は、単なる「被差別者」の陳列ではなく、彼/彼女たちが差別による自己否定や劣等 感を跳ね返し、自分を明らかにし、社会に対して異議申し立てをしていったプロセス に焦点をあてるべきだと思います。そして、被差別者の解放運動にある、人に対する 信頼、未来に対する希望、明るさといった肯定的な部分を出して欲しいと思います ね。それらの主張のなかに、どんな人であっても自分にとって必要な、響く言葉が必 ずあると思います。そのような展示であれば、マジョリティがマイノリティを一方的 に他者化するだけで終わるのではなく、逆に、一番立ち上がりにくいマジョリティが 元気になれる博物館になると思います。 国境を越える日本の差別・人権問題 日本の社会全体が、見えないところにしわ寄せを持って行く構造を持っています。 昔は、国内の最貧困層が海外移民というスケープゴートにされ、やがて植民地に拡大 し、戦後はアジア諸国など、見えにくいところに最底辺の労働をもちこんでいます。 今では、人件費が日本の二〇分の一という中国との競争で国内の労働力も低賃金化し ていっています。国内外で人々が安ければいいと使い捨ての労働力にしていると思う んですね。また、日本人が海外で児童買春をおこなっているわけです。国内と国外を 分けて考える発想はおかしいですね。 先日成立したイラク特措法では、'Aide is trade'(援助は貿易)で、自衛隊が大 型プラントの建設受注までおこなおうとしています。これまでのひもつきODAでさ えまがりなりにもあった、現地の人々の雇用さえなく、ほとんど何も残りません。有 事法制のなかには民間人の協力が義務づけられていますから、いずれは国際貢献の名 目で民間人が日本の金儲けのために戦場で協力させられる可能性があるわけです。そ れで日本の景気がよくなって私たちの生活がよくなっても、それはおかしいでしょ う。かつての朝鮮戦争が「神武景気」を支え、ベトナム戦争が「いざなぎ景気」を下 支えしました。日本の経済システムとそれによって支えられた「豊か」な私たちの生 活そのものが戦争依存であったということも重要なテーマだと思います。 二〇〇三年一〇月三〇日談 『広報誌リバティ』 Vol.24 (2004.1.1) 上は大阪人権博物館の広報誌からの抜粋です。わかりやすくいいコメントだと思いませんか?来年度の授業で紹介しようかなとおもって、今、打ち込んだところです(そう、来年度のこともぼちぼち手をつけていかないと、間に合わないほど私はスロー)。こちらの博物館にはまだ一度しか訪れていないのですが、ユニークでよい施設だと思いました。 ここでは今、特別展として「近代日本の性売買制度と廃娼運動」を2月29日まで行っています。そうですね、行かなければ。 |
| 1/15 |
| 図書館で資料検索をしていたところ、誰かが電話をかけてきた。 図書館内では携帯電話の利用は禁止です。また、私の携帯電話は常にマナーモードだったので、出なかったのですが(正確には、その時間に私に電話をかけてくる人はいないはずなので、メールだと思って放っておいたところ、電話だった)、電話番号が080−−−−でした。全く心当たりはありませんが、その後受信したメールで知人だということがわかり、かけてみました。なんでも、携帯電話を購入したので、電話したとのこと。うううむ。あの人のことだから、携帯ヘビーユーザーになること間違いなしですね。 かくいう私も、数年間使い倒してきた携帯電話の機種変更にようやく成功しました。ようやく、というのは、この半年ほどずっと機種変更しようと思いつつ、ずっと後回しに、また、数回は「よしっつ、今日こそ機種変更だ!!」といきまいて出向いたところ、店員さんの対応にいっきに熱意が失せたり、あるいは機種変更できる人がその場にいなかったりということに逢って、なかなか成功しなかったのです。さて、これで新しくなりましたので、着信メロディもこれまでのように「対応していません」とはならないと思いますので、さっそく 京メロにアクセスだ・・・・と、しかしながら、私は着信音を鳴らさない人なので、無意味なのでした。仕方ないので、画像を和風にしてみましょう、と愚かなことを考えるのでした。 |
| 1/14 |
| 今日は私が教えを受ける方の授業。 土曜日や月曜日の報告・講演の感想を尋ねられたので、言葉を選びながら返答する。来年度の授業予定などについて打ち合わせる。 |
| 1/13 |
| 本年度最後の授業。 この段階になって、まだ、レポートなんて知りませんでした、と言いに来る学生さんには・・・泣けてくる。いかに大卒者の就職率が低くなったとはいえ、就職活動は水戸黄門の紋所にはなりはしませんぞ。 でもまあ、一年を通して、授業妨害をするような学生さんもいなくて、教えやすかったのかも知れない。 その後ダッシュで、北摂へ。そう、本日は再校の提出日。毎度のことながら、編集室の人には迷惑をかけている。申し訳ない。 生協で公費で注文した本を受取、会計で印を押してもらい、また、本を10冊ばかり持って帰った。前から手元に置いておきたかった本もあって、なかなか嬉しい。 そうです、ここまで資料が揃ったら、あとは勉強するしかありません。まあ、そんなところです。 |
| 1/12 |
| 研究会関連新年会で京都へ。 昨日は奈良、今日は京都、と、言葉だけならばとても優雅な感じがする。久方ぶりにお顔を拝見する方もいて、まあまあ楽しかった。明日が早いため、途中で辞去した。 |
| 1/11 |
| 若草山狂言会。 会場の奈良県新公会堂は、奈良駅からみて、東大寺よりも若草山よりにあるのですね。また、JR奈良駅の改札が変わっていました。ということは、このところ、奈良へは行かなかったようです・・・・そういえば、そうかも。 青春18切符のシーズンになると、京都・奈良詣をするのがならいなのだが、本年度は定期利用のため、18切符を使う機会がなかった。無念である。とはいえ、定期有効圏内が広がったことは助かる。これこそ遠方から通学・通勤するときのメリットの一つ(いろいろな場所に立ち寄ることができる)である。 狂言の演目は「末広かり」「棒縛」「仏師」の三曲。このなかで、私が好きなのは「棒縛」ですね。「末広かり」は少し眠かったです(というか居眠りました。ごめんなさい)。 そういえば、金剛能楽堂も完成したのですね。近いうちにいつか、行ってみたいです。 |
| 1/10 |
| 研究会。 一月なので、真面目に参加。国史の学部生の報告は、いかにも報告という感じですがすがしかった。後半の報告は。。。難しい、という印象。年代を越えての理解というのは難しいのだろうか。 |
| 1/9 |
| 初釜。 炭点前(私はできない)・台子の濃茶(できないこともないがパス)・台子の薄茶(私)・懐石料理。 緊張感漂うその場の空気は好きですが、気力を消耗しました。 |
| 1/8 |
| 明日の初釜に備えてふくさを新調。 母が茶道の稽古道具を揃えているとこういう時に役立つ。今のふくさは三年間使ってきたし、これからも使うだろうけれど、初釜で点前披露の可能性があるので、念のために新しいもの(しかし茶会用ではない)を持っていこうと思う。初釜は嫌いではないけれど、かなり頭が痛いです。 |
| 1/7 |
| 4日の環状線ウォークで持ち帰った大阪あるけあるけ協会(正式名称不明)のパンフレットを父に渡したところ、どうも、入会するようである。あと、なにやら泉州みすず会の名刺も作成していた。をい。しかしまあ、活動しようと言う意思を買おう。しかし、どこまで続くやら。 |
| 1/6 |
| 再校原稿届く。 再校・・・校正作業はあまり得意ではないけれど、やらなきゃ。 |
| 1/4 |
| 今年の私の目標の一つは富士山山頂に到達することである。 しかし、私は体力がない。そこで、ウォーキングの経験を積もうと思った。思い立ったが吉日、 従って4日は環状線ウォーキングに参加した。もっとも一周は24kmなのだが、今回はその半周の12kmだけの参加である。思ったよりも参加者が多いことと、参加者のタフ加減に驚きつつも励まされ、かなり早い時間にハーフポイントに到着しました。明日は筋肉痛かなぁ。 (19576歩) |
| 1/3 |
| 内輪の新年会。 京都に12時半から1時に集合。 12時近くに大阪駅に居たため、トワイライトエクスプレスがホームに入ってくるのを見た。いちどあれで北海道へ行ってみたい。 |
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