祇園之洲公園(石橋記念公園)
所在地:鹿児島県鹿児島市清水町
用途:公園
竣工(開園):2000年(平成12年)
■玉江橋
設計(石工):岩永三五郎
架設年:1849年(嘉永2年)
構造(形式):石橋4連アーチ 橋長:50.70m
■高麗橋
設計(石工):岩永三五郎
架設年:1847年(弘化4年) 構造(形式):石橋4連アーチ 橋長:54.90m
■西田橋
設計(石工):岩永三五郎
架設年:1846年(弘化3年) 構造(形式):石橋4連アーチ 橋長:49.60m
撮影カメラ:
デジタルカメラ(334万画素) SONY(DSC-P1)
HP作成日:2002年12月31日
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祇園之洲公園は鹿児島市街より離れた海沿い、市の北側にあります。
平成5年8月6日の集中豪雨による洪水で、鹿児島市内の中心を流れる甲突川に架かっていた歴史ある5つの石橋のうち、武之橋と新上橋が流失しました。 残された玉江橋、西田橋、高麗橋は貴重な歴史的構造物として移設され、公園と一体的に計画、この場に保存されています。

ただ移されただけでなく、各橋とも実際に水の上に架けられ、特に西田橋、高麗橋は浅瀬になっており、水と触れ合うことが出来るようになっています。
芝生でくつろぎ、橋の下で子供の走り回る姿がなんとものどか。

「玉江橋」
5つの石橋の中で最上流にあった、最後に造られた4連アーチの石橋。
(写真左)高欄部分は近年においてもコンクリートなどに変ることなく、解体時の石の状態で復元されています。
(写真中央)城下町郊外ということからか幅員の小さなつくりとなっています。 敷石は乱張り。
(写真右)大雨時の水を左右に分け、水の力を和らげる水切り石の様子。

「高麗橋」
5つの石橋の中で2番目に長い、4連アーチの石橋。
乗用車の登場でコンクリート舗装に置き替えられていたそうですが、再び敷石に復元、斜め布敷きとなっています。 この石材は流出してしまった武之橋のものを加工して用いているそうです。
高覧についてもコンクリートで造り替えられていたものを再び石材で復元されています。

「西田橋」
かつて参勤交代の道筋にあたり、木造だったのを1846年(弘化3年)石橋に架け替えた4連アーチの石橋。
その当時架け替えの際、木造時代の青銅擬宝珠をそのまま使い丸柱の精巧な高欄とするなど、藩の威光を誇示した橋として知られます。

(写真左)砲台跡。 幕末に島津斉彬が砲台を築き、薩英戦争の激戦地にもなった場所であり、その砲台跡が残されています。
(写真中央)西田橋御門。 かつて西田橋の左岸側に建っていた、検問のための門。 西南戦争で焼失したとされ、西田橋との結びつきより復元されています。
(写真右)石橋記念館。
かつての石橋の技術を知り、触れ、親しめる公園はなかなかユニーク。
この他西南戦争で戦死した官軍戦没者の慰霊塔、そしてすぐ隣の多賀山公園には東郷平八郎の銅像があるなど、近代日本をつくりあげてきた歴史を偲ぶ事の出来る場所でもあります。
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