鶴丸城
築城者:島津家久
所在地:鹿児島県鹿児島市城山町
用途(種類):平山城
竣工(築城):1602年(慶長7年)
撮影カメラ:
デジタルカメラ(334万画素) SONY(DSC-P1)
HP作成日:2002年12月31日
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島津氏77万石かつての居城、鶴丸城。 城の形が翼を広げた鶴に似ていたことからこの名があります。
残念ながら当時の建物は残っておらず、石垣と堀からかつての規模をうかがうことができます。

写真は何れも外堀(東南側)の様子。 中央の写真は大手橋と御楼門跡。
城は天守閣を持たない平山城、質素な屋形造の居館でした。
城内を散策してみると小さな規模であることが実感できます。 武田信玄の躑躅ヶア館の如く、人をもって城となすの精神からか?
本丸居館群は明治6年12月に焼失、その後第七高等学校造士館、鹿児島大学医学部などが置かれ、現在は「黎明館」という歴史資料センターが建っています。
また二の丸は明治10年9月24日(西南戦争最終の日)早朝、官軍の攻撃によって焼失、現在は図書館が建っています。

(写真左〜中央)正門へ到るまでの枡形石垣の様子。
(写真右)北東側、外堀と北御門跡の様子。
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