姫路城
築城者:赤松則村〜羽柴秀吉〜池田輝政〜本多忠政
所在地:兵庫県姫路市本町
用途(種類):平山城
竣工(建立):1608年(慶長13年)
撮影カメラ: デジタルカメラ(334万画素)
SONY(DSC-P1)
HP作成日:2001年8月 26日
|
|

ユネスコ世界文化遺産指定の姫路城です。
徳川家康の娘婿・池田輝政が築きました。
城郭内建造物、土塀、本丸とも白で統一され、とても美しいです。

「本丸(備前丸)」
5層6階の大天守です。
白漆喰と流麗な曲線をもち、まるで鳥が飛び立とうとする様子から、別名白鷺城と呼ばれています、美しい!
入母屋の屋根に千鳥破風、唐破風などの装飾が巧みに配されています。
外部の美しさとは別に細部を見ると、「狭間」、「石落し」、「忍び返し」というような、様々な装備・工夫が施されており、要塞の様相を呈しています。

「本丸内部」
ほぼ当時の原型を留めており、したがって大阪城のようなエレベーターなども無く、天守まで階段で登っていきます。 空調機は無かったのですが、各層とも風通しがよくて、とても心地よかったです。
(写真左)廊下と展示スペース。
(写真中央)城内は武器の貯蔵、様々な仕掛がほどこされています。 壁にはビッシリと火縄銃や槍、道具が掛けられていました、まさに城全体が武器庫という感じ。 最後は天守でのろう城まで想定していたようです。
(写真右)急勾配の階段。

「西の丸」
(写真左〜中央)千姫ゆかりの西の丸・化粧櫓です。 大阪夏の陣での落城後、本多忠刻に嫁いでここ西の丸にて穏やかに過ごしたそうです。
(写真右)渡櫓入口。 延々と続く内部空間には、侍女達の部屋・長局(百間廊下)や様々な部屋が残されており、当時の様子をしのぶ事が出来ます。

「城郭内・曲輪(くるわ)」
城郭内は通路と土塀が迷路のように入り組んでいます。
(写真左)菱の門
(写真中央)城郭内土塀の様子
(写真右)にの門

(写真左〜中央)城郭内各所に見られる鉄砲穴、狭間(さま)です。 丸、三角、四角と様々な形があり、リズミカルで面白いです。 一切の死角なく設けられているとか。
(写真右)石落しの穴。 石垣をよじ登ってくるところを、石や熱湯をかけて防ぎます。

(写真左)「はの門」右側の柱の礎石に灯ろうの台石を活用したという、「転用石」です。 築城時の石不足がうかがえます。 他にも墓石や古墳の石も見られます。
(写真中央)円弧を描く土塀
(写真右)油壁。 粘土に豆砂利を混ぜ、米のとぎ汁で固めたものといわれています。

(写真左)城内にはろう城に備えて多くの井戸がありました。
(写真中央)姥が石。 秀吉の築城時、石不足から貧しいお婆さんが進んで石臼を寄附したというもの。
(写真右)扇の勾配。 基本的には野面積みですが、コーナーには巨大な長方形の石を左右交互に積上げる算木積みになっています。
リストへ戻る
|